林恵の戯れ
「夕飯は冷蔵庫の中だから。長風呂しちゃ駄目だから。洗濯機を回す時はお風呂の残り湯でやって。後、掃除は一日一時間まで!」
あたしは家を出た。
灯里の家までの距離は、ここから大体二駅分。田舎の駅間隔では歩いたら一時間超。でも、都内の駅間隔なら、おおよそ三十分。
どうせなら歩いて灯里の家に行こうと思ったのは、多分、秋に差し掛かった陽気な天気が、とても気持ちが良かったから。
幸い、時間にも余裕があったしね。
「おはよう」
「メグー」
「ぎゃっ!」
灯里の家に着くやいなや、あたしはここの家主から手荒い歓迎をされた。
灯里に抱きつかれた体が少し痛い。
「ちょっと灯里、いきなりびっくりさせないでよ」
「そんな。あたし達の関係でびっくりすることなんてあるの?」
「たった今ね」
「なんで? あたし、メグが来る二十分前からここで正座待機してたんだよ?」
「忠犬?」
高校を卒業して、上京して一度離れ離れになって、最近、ようやくまた遊びだして。
なんだか、灯里のスキンシップが激しくなった気がする。
「ごめん。足痺れちゃった」
「バカか?」
仕方なく、あたしは灯里をお姫様だっこしてリビングに運んだ。
そう言えば灯里、高校時代から華奢だったが、なんだか一層スタイルがよくなった気がする。
あたしはイラッとして、灯里をベッドに放り投げた。
灯里は、放り投げられた後、目を白黒させていた。
「え? え、え?」
灯里が狼狽える中、あたしは久しぶりにやってきた灯里の部屋を見回した。
……ああ、いけない。
最近、同居している男のせいで、あたしも性格がねちっこくなっている気がする。
「灯里、ちゃんと部屋の掃除している?」
テレビの上をツーっとなぞる。指には白っぽい埃がうっすらと乗っていた。
「え、それなりにマメには」
「そっか」
「……メグ?」
「灯里」
「ひゃ、ひゃいっ!」
「この部屋に、山本、絶対入れちゃ駄目だかんね」
多分、灯里の発言に嘘はないと思う。
ただ、この部屋を山本に見せたら多分、落第だろう。山本アイは本当に、小姑みたいにねちっこく陰険だ。唯一小姑よりマシなことと言えば、それを当人の口から聞けることはなく、当人が勝手に掃除を始めることくらいか。
「わかった。メグがそういうなら」
灯里は真剣な瞳で頷いた。
……もしかしてあたし今、山本の知らない場所で、山本と灯里のフラグ、へし折っちゃった?
少し罪悪感に駆られていると、あたしはベッドに座る少女からニヤニヤされていることに気がついた。
「何?」
「メグ、いつの間にそんな独占欲強くなったんだよぅ」
「そ、そういうんじゃないからっ!」
あらぬ誤解を生んでいた。
いや、独占欲が強くなったのは誤解ではない。
でも、今のは本当に誤解なんだ。
勿論、いくらそう言っても灯里はあたしの言葉なんて信じてくれない。
ずっとニヤニヤして、そうだよねえ、とか、うんうん。わかるよう、だとか、そんな反応ばかりだった。
いい加減にしろーと頬をつねると、灯里は何故か嬉しそうに笑っていた。
そう言えば、高校時代はこんな調子で灯里と戯れていた気がする。灯里も、あたしみたいに昔を思い出して、それで喜んでいたのかもしれない。
「……二人との電話の時間には、まだもうちょっと時間あるね」
灯里は壁に付けられた時計を見て言った。
「もうちょっと、雑談していようか。メグ」
「うん」
あたし達は時間になるまで、昔のように微笑みあった。
女の子同士の戯れの方が見ていて楽しいな。
俺、キモ……。
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