林恵の仕事
しばらくヒロイン視点となります。
いっちゃんの結婚発覚から数日が経った。
あたしは今日も、いつも通り山本の家で家事に勤しむ。
今日は平日。金曜日。山本は大学に勉強に行っている。いつも通りなら多分、夕飯の直前くらいに帰ってくるだろう。
あたしは夕飯の支度を開始していた。
最近、あたしは焼き魚にハマっている。今日もほっけの開きを買ってきて、二人分グリルで火を通していた。
「ただいま」
「おかえりー」
「今日は魚かあ」
「うん」
楽しみだ、という顔で、山本は手を洗い、うがいをし、リビングでテレビを点けていた。
冷蔵庫の上に置いたあたしのスマホから流れるスカッと系動画の音声と、あいつの見るテレビの音が重なっている。聞きづらさは意外と感じない。
「出来たよー」
「おう」
山本は皿に移した魚をリビングの机に運んでくれた。
他の料理も、あたしが盛り付けを終わらせる度に運んでくれた。
「そろそろ机、一回り大きいの買った方が良いかもな」
山本は呟いた。
そう言えば、山本の部屋の机は、折りたたみ式のコンパクトな机。二人分の料理を乗せると、他には何も載せられなくなってしまう。
まあ、山本もあたしも物を机の上に残すことはないから問題ないのだが、確かに多少不便さは感じる。
ただ、六畳一間と限られたスペースしかないこの部屋で、これ以上大きい机を置くのも面倒そう。
「まあ、ちょっと考えてから決めよう?」
「そうだなあ」
それからは静かに、あたし達は夕飯を食べ終えた。
いつも通り、夕飯の食器を洗っている最中、あたしは思い出す。
「そうだ。あたし明日、灯里の家に遊びに行くから」
「おお、いいじゃんか。行ってこいよ」
山本はテレビを見ながそう言った。声はなんだか嬉しそう。
……まあ、あいつも、あたしと灯里の関係が険悪だったことを悟っていたみたいだし、だからもう一度遊ぶようになって嬉しかった、ということなのだろうが、少し面白くない。
だって、あたしがこの部屋にいなくなることが嬉しいみたいに聞こえるじゃん。
「え、なんでそんな仏頂面してんの?」
「別にぃ?」
山本は心底困り顔であたしを見ていた。
まあ、我ながら面倒くさい女のようなことを考えているとは思うのだが、最近のあたしは山本に対して気持ちが隠せないのだ。
……よく考えれば、高校時代も気持ちを隠せなかったのは同じか。
「それで、何しに行くんだ?」
「……いっちゃんの結婚式、あたし、仕事任されたの」
「へえ、どんな?」
「友人代表スピーチ」
「ほう」
山本は一瞬、目を輝かせた。
そう言えばこいつ、凝り性な上、意外とアクティブだった。もしかしたら、面白そう、だとか思ったのかもしれない。
俺にも一枚噛ませろ、とか言ってくるのかな?
無理だよって伝えないといけないんだけど、傷つかないような優しい言い方出来るかな?
なんで、無理と決め付けるかって?
こいつの性格の問題でそう思ったわけではない。
こいつがスピーチをしたら場が冷ややかになるからと思ったわけでもない。
単純に、いっちゃんと山本、別にそこまで絡みがなかったから。
そりゃあ、多分いっちゃんはかつて、山本にただならぬ想いを抱いていたんだろうけど……いや、だからこそ余計に、か。
友人代表スピーチは、要は結婚する友人の門出を祝うスピーチの場。
そんな場所で、婚約者と交友が深くない人がスピーチなんかしても、意味はない。交友が深かったからこそ、意味があるんだ。
「頑張れよ」
「え?」
意外にも山本は、あたしを応援するだけに留まった。
……そう言えばこいつは、凝り性でアクティブだけど、他人を慮ることが出来るんだった。
いくら面白そうと思ったことでも、自分がその場に立って発言をしたとしたら、その場がどうなるか。あいつがそれに思い至らないはずがない。
だから山本は、自分の気持ちに嘘をついてあたしを応援したのだろう。
本当、バカな奴。
この部屋に来てからあたし、山本の我儘を聞いたことが……ないわけじゃない。掃除のことだけは、あいつはいつだって我儘勝手。
だけど!
あたしは、掃除のこと以外であいつから、我儘な発言を聞いたことがない。
あたしは散々、あいつに我儘を言っているというのに。
こいつはいつもそうだ。
屁理屈ばっかりこねて、いつもあたしに気を遣ってばかり。
本当、損な立ち回りを率先するバカな奴だ。
「……明日はさ、灯里の部屋で、太田と伊藤と、四人で電話するんだ」
「へー、そっか」
「うん。皆で、あたしが当日、どんな話をするかーって話すの」
「それは、俺は交じれないな」
「そうだね。灯里はともかく、地元にいる二人は、灯里の部屋からあんたまで出てきたら、びっくりするだろうね」
「そっか。だから、この部屋じゃなく笠原の部屋でやるんだな」
「……うん」
「悪いな。俺、出掛けていた方がいいか?」
なんでよ。
この部屋は、あんたの部屋なのに。
本当、バカな男だ。
「四人で話したらさ、あんたにも読んでほしいんだけど。スピーチ文」
そんなバカな男にも少しくらい、たまには自分のしたいことをさせてあげよう。
あたしの発言は、そんな理由から生まれた発言だった。
「……ああ、わかった」
「ありがと」
「ただし、俺は厳しいぞ?」
そう言えば、山本は、超がつくくらいの凝り性だったな。
「……頼む相手、失敗したなあ」
あたしは苦笑した。
これから多分、山本のせいで面倒なことになることは確定したのだが……意外と、嫌な気はしなかった。




