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卒業アルバム

 扉を開ける前に、俺はマスクを二枚付けて、目には埃防止用のメガネをかけていた。その姿を見た林に呆れた目をされた裏話は語る必要もない。

 仕方ないじゃないか。

 俺は、結構デリケートな男なんだ。


「いいか。林」


「……うん」


「じゃあ、入るぞ」

 

 林の持っていた鍵を回して、扉を開けた。

 扉を開けた先の部屋はどうしてか、前よりも少し、清潔な部屋に見えた。


「……あれ」


 俺はマスクとメガネを外した。

 くしゃみは出てこない。やはり、前に来た時よりもこの部屋は綺麗になっている。


 一体、どうしてか?

 もしかして、林が俺の知らぬ間にここに通って、掃除をしたとか?

 彼女はこれで結構義理堅い。もしかしたら、そうなのかもしれない。


 俺は林の顔をチラリと覗いた。

 林は、俺の隣で呆気に取られたような顔をしていた。どうやら、これは林の仕業ではないようだ。


 ……で、あれば。


「お前の前の恋人の親の仕業かもな」


 一時でも息子のお世話になった部屋。

 常識のある親ならば、息子が過ちを犯した後に、色々な想いを込めて、この部屋を掃除したっておかしくない。


「……恨んでるかな。あいつの親は。あたしのこと」


「怖いか?」


「怖いよ。そりゃあ怖い」


 林は苦笑していた。


「でも、あたしがあの時、生きていくにはああするしかなかったの」


 前よりも、吹っ切れた顔だった。


「そう言えばあいつ、自分の母親の話をする時はいつも楽しそうだった」


「……へえ」


「自慢のお母さんだったんだろうね。いつもいつも、嬉しそうに語っていたよ。……そう言えばあんたは、親の話、全然しないよね」


「そうか?」


「そうだよ」


「まあ、別に知りたくもないだろう?」


「そんなことない。むしろ、もっと教えてほしいくらい」


「……もしかしたら、奴の親がここに来るかもしれない。鉢合わせになる前に、さっさと終わらせようぜ」


 それから俺達は、雑談混じりに部屋の物色を始めた。

 部屋は恐らく林の元恋人の親により掃除はなされていたが、以前来た時と同様に生活感があった。


 林は時折、数ヶ月を過ごしたこの部屋を懐かしむような寂しい瞳を向けていた。

 それでも、黙々と作業は進めていた。


 俺は、生憎この部屋の勝手を知らないから、林の後に続いて、力作業を担当することにした。

 と言っても、数ヶ月しかいなかったこの部屋に、林の物はあまり多くない。生活に使う物の多くは、元恋人に支援してもらっていたと林も言っていたし、余計にそう感じてしまう。

 色々巡ったが、ここまでの成果は衣類数点だけだった。


「ここ」


 いくつかの場所を巡った後、林はリビングの隅にある気づきづらい収納スペースの前で足を止めた。


「……ここで最後かな」


「開けてもいいか?」


「うん」


 俺は収納スペースの扉を開けた。

 そこには、小さめのラックが置かれていた。


「なんでこんな場所にラックが?」


 ラックって普通、部屋の隅とかに置いて、取りたいものをすぐ取れるよう収納しておく家具ではないのか?

 それなのにこんな収納スペースに入れておくだなんて、違和感を拭えない。


「最初はちゃんと、リビングの端に置かれてたんだよ?」


「じゃあ、どうして移動を?」


「テレビ、大きいもの買った時にさ。邪魔だからって」


 それをそのまま移動した、ということか。

 そう言えばリビングにあるテレビは、多分五十インチくらいはありそうな大きなものだった。元々は小さなテレビと棚を置いていたとしたら、確かにこれくらいのラックは邪魔になりそうだ。


「あたしに黙って、あたしがいない隙をついて勝手に移動したんだ、あいつ。それでいて、それをどこに移動したか中々言い出さない。それであたしが怒ったら、突然ぶたれた」


 淡々と語る林が、どうしてか痛々しく見えた。


「ここを見つけたのは三日後くらいだったなあ。家事しろってうるさいから、中々探す暇もなくてさ。最初は捨てられたのかと思ってた」


 ……いつか俺は、林の元恋人に対して、部外者だから怒ることはないと考えていたが、今ばかりは内心で怒りを覚えてしまう。

 感情のまま、この怒りを声に出さないようにするのでやっとだった。


「それで、そのラックにはなにが?」


「……えぇとね、まあ要はあたしのラックだったんだけど」


 林はラックを漁る。


「お薬手帳。スマホ契約の時にもらってた書類一式。大学入学許可書。自己啓発本。……必要そうで必要ないのばっかだね」


「その下のダンボールは?」


「え? なんだったかな」


 重そうなダンボールを運ぼうとする林を制し、俺はラックの前に立ち、ダンボールを取り出した。


「……うわあ」


 林の開けたダンボールの中に入っていたのは、重厚そうな本数冊。

 その中の一冊は、俺も見覚えがあった。


「卒業アルバムか」


「……懐かしいね」


 小学校。中学校。高校。

 三冊分の卒業アルバムが、ダンボールの中には眠っていた。

 その下には、恐らく高校時代の教科書が数冊。


「高校時代に使ってて、まだ必要そうなもんをそこに仕舞ってたのか」


「うん。そうだ。そうだったよ」


「持って帰るか?」


「うん。そうだねー」


 高校の卒業アルバムをめくった林は、唐突に笑いだした。


「あたし、わかっ!」


 今でも若いだろ。

 まだ二十にもなってないんだぞ?

 ツッコむのは止めておいた。


「……あ!」


 あるページで手を止めて、林は俺とアルバムを交互に見出した。


「何だよ」


「あんたは変わってないね」


「余計なお世話だ」


「あっ!」


 林から卒業アルバムを奪って、俺はそれをダンボールに仕舞った。

 林は不貞腐れたが、まもなく作業を再開した。

 ただ、結局それ以上の掘り出し物はなく、見つけた衣類とダンボールだけを持って、俺達は帰路に着くことにした。


「……これでもう、ここに立ち寄る理由もなくなったな」


 俺は言う。


「うん」


「素直になれ」


「え?」


「寂しいなら、寂しいって言えば良い」


「……そんなことないよ」


「強がるな」


「強がってない」


 林は苦笑した。


「だって、今のあたしにはあんたがいるからさ」

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― 新着の感想 ―
[良い点] 読者に、自分だったらどうだろう、と考えさせられる描写に、心惹かれます。 [気になる点] 主役の男の子が、若いわりには老成してない? [一言] 今後も楽しみにしてます。
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