ホテル
「ここも駄目だ」
林と一緒に降りた駅で、俺達はいくつかのビジネスホテルを転々としていた。エントランスに入っては、受付の人に素泊まり出来るかを尋ねるが、芳しい答えは返って来なかった。
正直、途方に暮れていた。
タクシーを使って帰るか?
いやしかし、林は疲れたと言っているし。
「ねえ山本」
「ん?」
「あそこ、まだ見てないよ」
林は一軒のホテルを指差していた。
看板のネオンが怪しく光るそのホテルは、さっきから見ていたホテルとは少し違う。
俺は、辟易としたため息を吐いた。わざとらしく、林に聞こえるように言ってやった。だけど、林にそんな俺のあからさまな態度は効果がなさそうだ。
「……お前、あそこは駄目だろ」
「別に、ただのラブホでしょ」
「……だから、それがまずいんだっての」
「なんでよ」
「いかがわしい場所だからだ」
「なにそれ。なんであんた、突然あたしの保護者みたいなこと言い出してるの?」
林は饒舌に捲し立てる。
最近、彼女は唐突に黙る機会がとても増えた。そんな中、まるで高校時代のような饒舌なコメントをされると、少しついていけない。
野球で例えるなら……緩急を付けたピッチングとか、そういう類だ。ストレートの後にくるチェンジアップって打てないよね。わかるよな。
「……別に、いかがわしいことをしようって入るわけじゃない」
「そりゃそうだが……」
「あんた、言ったよね?」
「は?」
「あたし達、家族なんでしょ?」
……そりゃあ。
そりゃあ、家族なら当然、いかがわしいことなんてしないが……それはあくまで便宜的な発言であってだな。
「お前は知らないと思うが、俺達は別にホントの家族ってわけじゃない」
「えー、山本、嘘ついたの?」
「お前、さっきからなんか変だぞ?」
「……行くよ」
林に強引に手を引かれて、俺は渋々そのホテルに入店した。
幸い、部屋は空いているようだ。こなれた手付きで、林は部屋を取る。
……今更だが、彼女はきっとこういう場所に、前の恋人と来たことがあるんだろう。
もちろん、それをとやかく言うつもりもない。話題にあげるつもりもない。
ただ少し、最近いつも見ている彼女の知らない顔があることに、驚愕しただけだ。
考えてみればそんなことは当然なことなのに。
俺達は高校時代に初めて出会って、嫌いあい。運命的な再会を果たして、今に至る。
当然なんだ。
俺の知らない林の顔があることくらい。
「はーっ」
部屋に入るやいなや、林はベッドに飛び込んだ。
我が家のベッドはシングルサイズ。このホテルのベッドは……とても大きく見えたし、事実大きいのだろう。
「山本」
林がベッドに仰向けに寝転んだまま、俺を呼ぶ。
「こっち来なよ」
俺は何も言わない。
ただ、歩き出す。
……林の真意が、わからない。
彼女は言った。疲れていると。
ここには……休息のためにやってきた。
ただ。
……ただ。
いくら、他のホテルに空きがないとはいえ、わざわざこんなホテルに泊まらなくても。
他に手段はいくらでもあったはずだ。
タクシーで帰宅は無理でも、ネットカフェでも、カラオケでも……。
なんでも手段は、あったはずなんだ。
俺は林の隣に仰向けに寝転んだ。
「今日ほど、お前がわからない日はない」
「……わからない?」
「ああ」
「それは、あたしのことをあんたが知らなすぎなんだよ」
「……それはあるかもな。俺達は高校時代、犬猿の仲だったもんな」
「そ」
林は立ち上がった。
俺は立ち上がる気力がない。
「どこ行く?」
俺は聞く。
「お風呂」
林の足音が聞こえる中、俺は目を閉じた。
しばらくしたら、浴室からシャワーが流れる音が、響き出す。
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