林恵の二者択一
ヒロイン視点となります(何回目?)
山本のおかげで見れた高層ビル群の景色。
しばらく目を閉じればその時の光景が脳裏に蘇って、あたしは楽しい気持ちになっていた。
貴重な体験が出来た。それはもう、語るまでもなく明白だ。
一体、山本はあたしにどれだけのことを与えてくれるのだろう。
高校時代は嫌いだった彼と、ここまで親交が深まる日が来るだなんて。感謝の気持ちを抱くだなんて。
好意を。
……抱くだなんて。
高校時代のあたしにそれを言えば……きっと大層嫌な顔をしたことだろう。
そして、そんな未来はありえないと首を振って、いつも通りの怠惰な日常に身を投じていくに違いない。
でも、今では少しの後悔がある。
高校時代、もっと山本と向き合っておけば良かった。
そうすればあたしは、きっと彼に惹かれていた。
今となれば、きっとそうなると確信出来てしまうのだ。
……本当、あたしって馬鹿だ。
ただ、今からそれを取り戻すことも出来る。
それもまた、あたしにまっすぐ見据えることの大切さを教えてくれた誰かさんのおかげで知ることが出来た。
いくつか掛け持ちするバイトの初任給を受け取る日を心待ちにする中、あたしはその当時からもう心に決めていることがあった。
日頃のお礼を兼ねて山本と一緒にお出掛けをしたいと思ったんだ。
山本はどんなことをすれば喜ぶだろうか。
そんなことを考えながらするデートプランニングはとても楽しかった。
……思えば、元恋人とデートに行く時は、いつもあたしはあいつにあたしの都合に合わせてもらっていた気がする。あいつは外面を気にする質だったから、外では結構、あたしを自由にしてくれた。
……つまり。
つまり……何が言いたいかって。
相手に喜んでほしくてデートをしようだなんて思ったことは、山本が初めてだ。
彼をデートに誘う時、灯里の名前を出したことは申し訳ないと思った。
でも、あたしが一緒に過ごせなかった高校時代に、山本を独占出来たんだから……灯里も少しは許してくれるよね?
あたしは勝手にそんな免罪符を持って、山本をデートに誘った。
デートではなく、お出掛けという名目にしたのは……恥ずかしくて、デートしたい、と言い出せなかったからだ。
一度、あたしは山本の部屋を去ろうとしたことがある。惜別の想いを込めて、あたしはあの時、山本にデートを申し込んだ。
……不思議なものだ。
あの時は、デートしたい、と言えたのに、今ではそれが言えなくなってしまった。
それくらい、あたしの内心は山本に執心をしている。
もし今、山本にデートしたいだなんて言えば……あたしは、勝手に現場を想像してニヤけるか。キョドるか。とにかく、ブサイクな顔しか出来そうになかった。
だから、デートしたい、とさえ言えなかった。
……そんな臆病者なのに、山本に迷惑をかけて、おんぶまでしてもらって……今、あたしはこんなに満たされてていいのだろうか?
山本と一緒に素敵な景色を見れた。
山本と一緒に小洒落たお店で夕飯が食べられた。
そして、山本と一緒に有名劇団の舞台が見れた。
……それだけであたしは、満ち足りるようになった。
「すごかったねー」
「ああ、すごかった」
会場。
舞台を見に来た人達の人波に混じって、あたし達は帰宅しようとしていた。
率直に、舞台はすごかった。
あたしだけでなく、あのなんでも屁理屈マンの山本さえ語彙力を失っているのだから、その凄さは伝わることだろう。
「……山本」
「ん?」
「ハマっちゃ駄目よ?」
「……んぇぁ」
曖昧な言葉を、山本は返した。
彼は……とても凝り性だ。舞台を見ながら、あたしは隣に座る山本をチラチラ見ていたが……なんだかその手の片鱗を感じたから、釘を刺しておいた。
ただ、まさか本当にハマりかけているとは思わなくて、あたしは苦笑した。
満員電車に揺られてしばらく。
あたし達は車内でもずっと、今日一日の話で盛り上がっていた。恥ずかしい話から、感動した話から、おどけた話。話題は尽きる気配は一切ない。
「山本、走って。乗り換え間に合わなくなるよ!」
「最悪次の電車を待てばいいだろ?」
電車の乗り継ぎ。
慌てるあたしと裏腹に、山本は酷くマイペースだった。
「もう」
あたしは山本の手を取り、走り出す。
彼の言う通り、次の電車を待てばいいは事実だが……ギリギリ間に合いそうなら早く帰れる方が良いではないか。
山本は明日、学校もある。
一日連れ出した身としては、なるべく彼の休息時間も取らせてあげたかった。
「ほら、走る!」
「うへー」
あたし達は走って、乗り換え路線の改札を過ぎた。
ギリギリ、乗り換えは間に合った。
あたし達はまた、電車に揺られだした。
「間に合ったね」
「そうだな」
山本は、無理に走らせた、というのに、怒る素振りは一切ない。
前の恋人なら多分、怒っていただろうし、そもそも手を引いて走り出そうだなんて強引な真似はしなかった。
山本だから、あたしはしたんだ。
……彼の優しさに、本当にあたしは付け込んでいるなぁ。
ふと思った。
いつか、神罰が下るかもって。
それでも、意外とあたしは構わない、と思った。
今が幸せなら、それでいい。
そう思ったんだ。
「あれ、山本君?」
そんな時だった。
あたし達をアパートの最寄り駅に運ぶ電車の車内、山本に声をかける女性が一人。
その人は、あたしは知らない女性だった。
「……入江さん。だっけ?」
山本が女性と思われる名前を呼んだ時、あたしの内心にどす黒い感情が流れた。
一体、この女は誰なんだ。
山本の交友関係は広くない。まして、地元ならまだしもこっちでなんて……。
思い出したのは、この前山本が向かった合コン。
もしかしたら彼女は、その時の合コンの参加者かもしれない。
「えー、奇遇」
作った声。
「どうしたの? こんな時間に。明日も学校あるんだよ?」
上目遣い。
「……そちらの方は?」
そして、あたしに向ける敵意の視線。
ああ、そうか。
この人……山本のことが好きなんだ。
すぐにわかった。
だって彼女、なんだか少しあたしに似ているし。
「もしかして恋人? あれ、邪魔しちゃった?」
彼女の視線は雄弁だ。
彼女は察している。
山本に限って、あたしみたいな彼女は作っているはずがない、と。
あたしは、動向を見守るしかなかった。
内心に恐怖心が過ぎった。
……だって、彼女の目が語る通り、あたし達、実際に別に付き合っていないし。
山本はなんて答えるんだろう?
まあ、なんて答えるにせよ……聞きたくないな。
もし、山本が友達って言えば……多分あたしは傷つく。
そして、もし山本が恋人って言えば……あたしは、嘘を付いた山本に怒るだろう。
だって山本は、そういう嘘、絶対に好きじゃないから。
嫌なことをするだなんてあんたらしくない。
嬉しいはずなのに……あたしはきっと、そんな文句をあいつに言う。
つまり、どっちにせよ嬉しい答えなんてありはしない。
……そんな中、山本は一体、なんて答えるんだろう?
「いいや、恋人ではないな」
「そうなんだー?」
「家族だよ」
女の子が目を丸くしていた。そして、あたし達の顔を交互に見比べている。
「……兄妹ってこと?」
「いや違う」
山本は唸った。なんて説明すれば良いか、悩んでいるのだろう。
「……色々あったんだ」
ただ、結局苦笑交じりに、彼はそれを放り投げた。
「……そっか」
「うん」
「じゃあね」
「え? ……うん。じゃあ」
女の子は、少し落胆したまま、あたし達の前を去っていった。
こんなに日間ジャンル別5位キープしてる作品初めて!
評価、ブクマ、感想よろしくお願いします!!!




