女王様とは?
レインボーブリッジ、是非皆歩いてみてくれ。
高所が苦手な俺でも、覚悟キメて奇声を上げれば歩けるくらいの怖さだ!
レインボーブリッジを林に巻き付かれながら歩いてしばらく。
さっきから林は、震えた様子で俺の歩調に合わせて歩くのが精一杯という様子だった。
「大丈夫か?」
「高いところ駄目……」
「なんで来た?」
どうやら林は、軽微の高所恐怖症を持っているらしい。いや本当、そんなんならなんで無理して昇ったの?
震える林を見ながら、俺は疑問を覚える。
「おっ」
まあ、俺にしがみつきさえすれば進めるなら、一旦これで構わないか。
そう思って俺は、鉄格子の向こうに広がる東京都心のビル群を見た。
幾重にも立ち並ぶ高層ビル。その間にそびえる真っ赤な電波塔、東京タワー。
これは中々、田舎では拝む機会もない光景だ。
「おい林、見てみろよ」
レインボーブリッジという巨大な橋を支える柱を避けるように、歩道が迂回している。そしてその部分は鉄格子ではなく、手摺となっている。
俺は、東京の町並みを見るべく足を止めて、手摺に寄りかかった。
「止まらないで!」
林が叫ぶ。
「お前、本当、なんで来た?」
俺が突っ込む。
よく見れば林は、絶対に周りは見るまいと、両目をガッチリ閉じていた。微かな揺れにビクッと体を揺らし、額には薄く汗が滲んでいる。
そこまで駄目か。
……本当、なんで来た?
仕方なく、俺は再び歩き出す。俺にしがみつく林の腕の力は、ちょっとずつ強くなっていた。
「うぅ……」
歩きながら、林は小さく呻く。
最初は、吐き気も催したのかと思ったが、どうやらそれはさすがに違いそうだ。
多分、自分からここに赴いた癖にこんな体たらくで、罪悪感を感じているのだろう。
見下げた東京湾の水質は、相変わらず茶色い。その茶色い水をかき分けて、いくつかの船が進んでいく。
……そう言えば、浅草ら辺から隅田川を進み、お台場まで行く水上バスがあったはず。いつか行った横浜港一周の遊覧船は中々楽しかったし、今度行ってみてもいいかもしれない。
「きゃあっ!」
そんな調子で一人景観を楽しむ俺の脇で、林は惨殺された死体でも見つけたような悲鳴を上げた。
……本当、こんな調子なら来たいなんて言わなければいいのに。
またそう思って少し呆れたが、よく考えれば林は、俺に行きたい場所に行ってもらうために、無理をしてくれているわけだということを思い出した。
「林」
「……何?」
「さっきから全然、進めてないな」
「……ごめん」
「怒ってるわけじゃない」
「ごめん」
この謝罪は多分、中々進めない現状に対する謝罪ではない。
「背中、乗るか?」
「え?」
「おぶって行こうか? その方が少なくとも、橋の揺れは感じない。目を瞑っていても、危なくもない」
林はようやく目を開けた。
そして、ポカンと口を半開きにさせていた。
「……む。むむむ……む、む………む、無理!」
「……そっか。無理か」
それなら致し方ない。
良いアイディアだと思ったのだがなあ。
「えっ、なんですぐに引くの?」
今にも泣きそうな顔で林が囁いた。
いやいや、どっちなんだよ。また文句を言いたくなったが、これ以上文句を言うと林が泣き出しそうで止めておいた。
癇癪を起こす林の姿は、かつて彼女が女王様と呼ばれていた経緯もあり……あー、ちょっと見てみたかったかも。
「ほら、乗れよ」
もう、有無を言わずにおぶってしまおう。
俺は林の前で屈んで、彼女に背を向けた。
林はしばらく逡巡していた。
「……いいの?」
「ああ」
「でも、お昼食べたばかりだから重いかも」
「大丈夫だ」
「でも……っ」
まだまだ続きそうななよなよタイムを打ち切ってくれたのは、法定速度超過で隣の道路を過ぎていった車だった。
爆音に驚いた林は、俺の背中に抱きつき、しばらくした後、俺に体を預けた。
「行くぞー」
「ひゃっ」
林からまた悲鳴が漏れる。
体をピタリとくっつけてくる。
「……あ、あんま揺らさないで」
「あー、ごめん」
「うん」
「……行くか」
「うん」
林の温もりを意識しないようにしながら、俺はゆっくり歩き出した。
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