林恵の再会④
「あいつ、きっと当時の文化祭実行委員に相当恨まれていただろうね」
苦笑し終えたあたしは、率直な感想を口にした。
「どうしてそう思うの?」
「だってあいつ、口下手じゃん。それでいて頑なだし……」
「そうね。まあその辺はあたしもたまに応援に行っていただけだからあれだけど、確かにいつも三年生達と衝突してた」
「やっぱり」
「でも、あの文化祭実行委員で一番働いていたのは間違いなく山本君よ? モチベーションが低かった文化祭実行委員長に変わってスケジュール表作ったり、チェックリストを作ったり、一度もお礼は言われてなかったけどね」
山本の作った資料を、文化祭実行委員長が強引に奪って、お礼の一つも言わずに活用していく。
その図は目をつぶれば頭に浮かぶ。
なんだか、内心で憤る感情もある。
……でも多分、あいつはそんなことでは腹は立てなかっただろう。
あいつは多分、上手くいくならそれで良いと思っていたはずだ。
しかし、結果は散々なものになってしまった。
「カコちゃん、山本の当時の仕事は……発注関係のことだったの?」
「ううん。違う」
「だったら」
「大体、全部やってたはずだから」
開いた口が塞がらなかった。
「まあ、毎年そんな感じになるのよ。文化祭実行委員って。皆、クラスの皆と思い出を共有したいじゃない? だから皆、そっちを優先したがるの。つまりは、そうならないように、教員が文化祭実行委員を縛り上げないといけなかったのよ」
境川先生では、頼みの教員の縛り上げも緩いことは想像に難くない。
そうなると、いいやそれでも、全部やっていた、とはさすがに……。
「出てきている子も、皆やる気があったとは言えなかったわ。自分の仕事はこれしか指示されていない。そう言って身を守って、結果山本君の手元に転がった仕事は数え切れないわ」
「……そんな。酷い」
「酷い有様だったわ。あの時は」
「……なんで、皆山本を助けなかったの?」
自分は憤ってはいけないと思っていたが、さすがに我慢の限界がやってきた。
あたしは呟いた。
……ふと、思い出す言葉があった。
その言葉は確か、今あたしが秘めたる想いを抱く男が言った発言だ。
『人ってのは結局、自分本位な生き物なんだってことだ』
……もしかしたら、あの時山本があたしに向けてそう言った理由は。
カコちゃんは、肩を竦めた。
「結局人ってね、自分本位なのよ」
そして、カコちゃんは言った。
……あの時、山本があたしに向けて人が自分本位であると言った理由。
それは、かつて山本自身も……自分本位な人間達に貶められ、被害を受けた過去があるからだったんだ。
『他人本位な生き方が出来るだなんて、とても素晴らしいことじゃないか。その結果、仮に自らの身を滅ぼしたとしても、お前は皆に称えられるべきだとさえ俺は思う。だけど不思議なことに、誰でも出来ないことをしたお前を褒める人はこの世に一人もいやしない。勇者は半生を捧げて魔王を討ったら手放しで称えられるのに、お前は身を滅ぼしても、謝礼の一つも……恋人からさえ、何も得られないんだ』
再び、いつか山本に言われた言葉を、あたしは思い出した。
……あたしはその言葉を思い出し、少しだけ胸の奥が熱くなっていた。
かつて、自分本位な人間達に貶められ、被害を受けて、そうして呆れ返っただろう山本。
そんな山本があたしにそんなセリフを言った理由。
……それはきっと、同じ目に遭ってほしくないと思ったからだ。
あたしに……自分と同じように、苦しい想いを味わうな、と。
山本はあの時あたしに、そう言ってくれていたのではないだろうか……?
自分本位。
山本はいつか、自分のことをそう銘打った。
だけど……。
まったく。
あの男は本当、素直じゃない。
「他人本位なのは、どっちよ」
あたしは呟いた。
あいつはあの日……元恋人の下へ戻ろうとしたあたしに、その行動の割の合わなさを教示した。
それは、自分も一度通った道だから出た発言だったのだろう。
……あいつだったんだ。
誰にでも出来ることじゃない行為に出て、一切褒めてもらえなかった人は……あいつのことだったんだ。
……今更思えば、ずっとそうだった。
あたしを実家に帰らせようとした時も。
ドメスティック・バイオレンスの被害後、あたしを労ってくれたことも。
あたしを、あの部屋に匿ってくれたことも。
あいつはそれを自分本位な行いだと言った。
でも、よく考えればそれは……全然、まったく、他人本位な行為ではないか。
「……今度帰ったら、あたし、山本にお礼を言おうと思う」
「え?」
「あたし達、一緒に暮らしてるんだ」
「え?」
「……だからそこで、ありがとうって、言おうと思う」
「……ねえ、メグ?」
「なに? カコちゃん」
「あなた達、同棲しているの?」
……話の流れで言ってしまった。
これだけはさすがに……言わないつもりだったのに。
あたしは内心で山本に謝罪をしながら、苦笑した。




