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掃除馬鹿

 一晩明けて、俺はムクリと体を起こした。昨晩は相変わらず、固い床で眠った。林はしつこくベッドで一緒に寝ればいいだろと俺に迫ったが、喧しいと一蹴して床で寝た。おかげで肩がとても痛い。


「……後で布団、買いに行くか」


 林はまだ、ベッドで寝息を立てている。

 俺が起きた時刻は朝七時。夏休み中の大学生という、自堕落な生活を送るためだけの存在の中では、すこぶる早起きであることだろう。昔から俺は、深夜バイトのない日は、休みの日であれ朝はこの時間に起きている。朝早くに目覚めると、午前中が長くなるから、何だか得した気分になるためだ。いつもは早く起きた分、部屋の掃除を入念にし、昼ごはんを食べて外に出掛ける。

 ただ今日は……部屋で寝息を立てている住民がいるおかげで、物音を立てることは憚られた。

 林は一体、何時に起きるのだろう?

 ここ数日、ずっと気を張っていたことだろうし、別に何時まで寝ていたって咎めることはない。だけど、部屋の掃除が出来ないのは気分が悪い。ともあれ、やはり彼女を起こすのも忍びない。


「……散歩でも行くか」


 真夏とはいえ、この時間帯の外は昼間に比べれば断然過ごしやすい。どうせだから気分転換に散歩に行こう。

 俺は寝間着を脱いで洗濯機に押し込んで、外着を着て、散歩へ出掛けた。行く宛は特にない。ただ道中見かけたコンビニで、丁度良いから朝食も買って帰ろうと思い至った。


「あれ」


 帰宅後、俺は小さく声を上げた。

 部屋の扉を開けた途端、洗濯機が回る音が聞こえたからだ。俺、散歩に行く前に洗濯機を回したか。そんなはずはない。林を寝かしておこうと思ったのに、そんな騒がしいことは絶対にしない。

 見れば、閉めていたカーテンも開いている。ベランダには人影。


「あ、おはよう。山本」


「何してんの」


「掃除」


 Tシャツ、ハーフパンツ、サンダル、箒と塵取り。林の今の姿は、まさしく掃除をしている姿だった。


「まだ寝ていれば良いのに」


「いつもこの時間に起きてるから、習慣付いた」


「あっそう」


「あんた、結構綺麗に部屋使ってるのね。ベランダにも全然ゴミがない」


「暇さえあれば掃除機回しているぞ。それが趣味だ」


「うわっ、悲しい趣味」


 ……あれ?

 もしかして俺、今馬鹿にされた?


 両親は、暇さえあれば掃除機を回す俺が上京するとなったら、大号泣だったぞ。掃除馬鹿がいなくなるって。


 ……あれ?

 もしかして俺、あの時馬鹿にされてた?


「何一人たそがれてるの?」


「毎日掃除をするって、悪いことだろうか?」


「いや、良いことでしょ。でも、それを趣味にするのはどうかと思う」


「趣味は金ばかりかかって生産性がない。だが掃除は生産性がある」


「掃除用具、結構買い込んでるみたいだけど? 結構お金使ってるよね」


 チラリと俺は、背後の大きめのクローゼットを見た。そこには、たくさんの掃除用具。


「……開けたのか」


「ごめん」


「謝る必要はない。掃除用具も使ってもらえて本望だろうさ」


「どこに感情移入してんの?」


「……さ、朝食でも食べようか」


 俺は持っていたレジ袋を机の上に置いた。買ってきたのは二人分のおにぎり数個。


「お前の好みの味はわからなかったから、好きなの取れよ」


「……ご飯か」


 林は、顎に手を当てて考え始めた。


「昨日から思ってたけどさ、あんたの作る料理って大味だよね」


「そう?」


 それより、おにぎり何食べるの?


「今日の昼から、あたしがご飯作ろっか」


「お昼から?」


 それより、おにぎりはどれ食べるの?

 俺、ちょっと小腹空いているんだけども……。


 俺は考えるふりをした。実はそこまで、頭を働かせていない。俺の中で、彼女の要望に対する答えは決まっていた。


「大丈夫だ。俺が作るよ」


「あれ、あんた料理にもこだわりある人だった?」


「いや全然」


 ただ、林はあくまでこの家では客人の身。そんな彼女をこき使おうだなんて、おかしな話だ。


「居候させてもらってるんだしさ。それくらいやるよ?」


「……お前、この前まで随分と心労を溜め込んだんだろう。この家にいる間くらい、休息したって良いんじゃないのか?」


「逆だよ」


「逆とは?」


「何もしないと、嫌なことばかり考えちゃうの」


 ……つまり、ある程度は体を動かしたい、と。

 

「……わかった。じゃあ頼むよ」


「ありがとう。というか、大体の家事はあたしやるよ」


「え、なんで?」


「動きたいの」


「……じゃあ、わかった。いや、ちょっと待った」


 いつになく真剣な顔で、俺は林に迫った。


「……何?」


 切羽詰まって勢いよく林に顔を寄せた。その結果、林の顔がほのかに赤くなった気がするが、多分気のせいだろう。それよりも俺には、どんなことよりも譲れないことがあるのだ。


「掃除だけは、俺がやる」


「勝手にしろ。掃除馬鹿」


 呆れ顔で、林は俺に言葉を荒らげた。いつになく、高校時代の彼女らしい発言だ。数回の会話で、茶化すようなことを言って、彼女から今みたいなお冠な言葉を何度ももらった。

 

 まあ、あの時と違い今は、茶化す気は更々皆無だったのだが……怒らせてしまったのなら仕方がない。


「譲ってくれて、ありがとう」


「……あんた、変わり者だよね」


「褒めるなよ。照れるだろ?」


 林から呆れのため息を頂戴して、俺達は朝食を食べ始めた。

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