林恵と昔話
ヒロイン視点ではないことはないかもしれません(九回目)
灯里と一緒に指定されたお店に到着したのは、待ち合わせの五分前。
伊藤と太田との再会は、居酒屋でされる予定だった。勿論、お酒は飲まない。
「まだいないね」
「そうだね」
灯里の予約してくれた個室に着いたが、そこにはまだ誰もいない。
多分、伊藤も太田も地元で暮らしているから一緒に来ることだろう。
「ちょっと遅れるって」
「そう。とりあえず座ろっか」
あたしは座席の奥に詰めながら腰を落とした。
さも当然のように、灯里はあたしの隣に腰を落とした。
「トイレ近くなったら言ってね」
「うん」
まあ、隣に伊藤や太田が来るよりは全然マシな配置か。とはいえ、最近の灯里との気まずい雰囲気を考えると、やっぱり少しだけこれも嫌か。ただそうするとやっぱり、あたしは今日ここに来るべきではなかったな、と思ってしまう。
あたしは一つ、ため息を吐いた。
「メグ、写真」
「ん?」
「二人に見せつけてやろ?」
挑発的な言動とは裏腹に、灯里は大層楽しそうだ。
あたしは灯里に腕を巻かれながら、強引に彼女のスマホで写真を撮られた。灯里はピースをしていたが、あたしは仏頂面でそれに応じた。
まあ、下手にかわいこぶるより、この方があたしらしい。
「やーん。メグかわいー」
「灯里の目って、結構節穴だよね」
「そんなことないよー。待ち受けにしておくね」
「……好きにしたら?」
そう言えば、高校時代の女子友達は皆こんな感じだった。
あたしを一生懸命に立てて、あたしを喜ばそうと必死だった。それは灯里も例外ではない。
ただ、灯里のそれは他の人とは少し違う気がしていた。なんというか、おべっかではなく、本気で言ってくれているような、そんな気がするのだ。
あたしはいつも、灯里のそれに仏頂面で返事をする。
おべっかならありがとうくらい言うのだが、本気のそれは……正直、あたしもなんて言っていいのかわからない。
ただ、少し恥ずかしいのだけは確かだ。
「あっ、伊藤ちゃん。太田ちゃん。久しぶりー」
「あーん。灯里久しぶり」
「久しぶりー。林ちゃんもー」
「ん。久しぶり」
ようやくやってきた伊藤と太田の登場に、さすがのあたしも少しだけ微笑んでみせた。高校卒業してから、約半年ぶりの再会。少しは、顔も作った方が良いと思ったのだ。
「二人共、少し荷物多いね」
灯里が言う。
確かに、前方に腰掛けた二人の手にはたくさんのブランド物の紙袋。
「ごめんねー。お店、混んでてさ」
伊藤は手を合わせて謝罪をするが、軽い言動から謝罪をする気はあまりないことが透けて見えていた。
高校時代のあたしなら多分……遅刻に対して一つ二つ文句を言っていたが、今日はあまりそんな気分にもならなかった。
「今日はありがとうね。林ちゃん。灯里」
「ううん。あたしも皆と久しぶりに会いたいと思っていたし」
「ね」
適当に同意しておいた。
「そんな。あたし達こそ二人と会いたかった。だって二人共、凄いじゃん。M大とK大でしょ?」
「ねー。あたし達じゃ全然、そんな有名大学通えなかったよー」
伊藤と太田は、今は地元の私立大学に通っている。それなりに楽しい学生生活を送っているだろうことは、顔を見れば何となくわかった。
……少し、あたしは疎外感を感じていた。
ここにいるあたし以外の三人は、大学でのキャンパスライフを謳歌しているんだなと思ったら、多少は思うところがあった。
「大学生活はどう?」
「あたしはぼちぼちかなー。メグもだよ?」
さらりと、灯里は嘘を吐く。
その配慮は正直、有り難い。罪悪感から、自分でその嘘を押し通すだけの胆力はあたしにはなかった。
この子は本当に……あたしなんかとは全然違うくらい、出来た子だ。
灯里に対して、少し嫉妬心を覚えた。
だって、こんな灯里だからこそ……山本は。
伊藤と太田は、あっさりと灯里の嘘に騙されていた。
あたしがこの前まで、ドメスティック・バイオレンスをするような男と同棲していて、大学を中退させられ、今では山本と一緒に暮らしていることなんて、想像もしていないことは見ていてすぐにわかった。
少しショックだったのは、あたしが一時音信不通だったことさえ、目の前の二人は触れる気配がないことだ。
あたしのスマホは、一度あいつに壊された経緯がある。その間にあたしに連絡の一つでもしていれば、返事がないことに違和感くらい持ちそうなもんなんだ。
なのに、その一つの言葉もないってことは、つまり……彼女達は、さっきの会いたかった、という口ぶりとは裏腹にあたしとなんて連絡も取り合いたくなかった、ということになる。
まあ、そんなもんか。
あたしだって、伊藤や太田になにかあったとして、久しぶりの再会の際にそれを尋ねることなんて絶対にない。
高校時代は一緒のグループに所属していたが、所詮あたし達の関係性なんてこんなもんなんだ。
それからは、高校時代のように笑えるようになった気がする。
昔の調子を、取り戻せていたのかもしれない。
灯里と、伊藤と、太田との会話は結構盛り上がった。
入店した居酒屋では、アルコールなしフリードリンク飲み放題の二時間コースを注文していた。
少し騒がしい居酒屋の朗らかな雰囲気に当てられて、皆陽気な気分になっていたのだ。
「林さん、変わったね」
「ん?」
ある時、あたしは伊藤にそんなことを言われた。
「そう? 自覚ない。どこが?」
「えー、絶対変わったよね。ね?」
「そうだね。変わった変わった! 灯里もそう思わない?」
「えー……どうだろう?」
「いや、絶対変わったって」
少し、イラッとした。
変わった変わったと言うばかりで、彼女達は本質の話をもったいぶっている。
多分、高校時代ならしょうもないからさっさと言えと凄んでいた。でも今は、何故だか怒る気まではしない。
……ああ、そうか。
あたしは気づいた。
それがつまり、目の前にいる二人の言いたい、あたしの変わったことなのか。
「優しくなったって言うのかな?」
「……前は、優しくなかったって?」
「そ、そこまでは言ってないよ?」
凄んだわけでもないが、伊藤は少し怯えた顔になっていた。なんだかんだまだ少し、彼女はあたしが怖いらしい。
「ただ……アッハハ! そう! 今なら、あの山本とも仲良く出来そうと思ったの!」
伊藤が口にした名前に、あたしはピクリと体を揺すった。
伊藤の言い方は、あたしの癪に障った。
今言った……『あの山本』とは、まず間違いなくあの山本のことだろう。
伊藤の言い方は、間違いなく山本を蔑む言い方だった。それが気に入らなかった。
……言い返してやろうと思った。
山本は他人を侮蔑するようなことは言わない。
あんた達は軽々しく、他人を蔑むことが出来るのにね、と。
ただそう言わなかったのは、高校時代のあたしも、山本の優しさに触れたことがなかったからだ。
……もし。
もし山本が、同じ場面に出くわしたらなんて言うかを考えた。
もし山本が……高校時代の旧友と再会を果たして、その旧友からあたし。……いいや、灯里の方が適任か。とにかく、灯里の悪口を言われたとしたら、あいつはなんて思うだろうか?
多分、怒ることはないと思う。
ただ、その旧友の話に乗っかることもないと思う。
山本なら多分……その場は微妙な顔で切り抜けて、実は隣にいて怒り心頭だったあたしに、諭すようにこう言うと思った。
他人が気づけないその人の良さに気づけて、良かったな。
……不思議なもんだ。
大切な人を侮蔑されているにも関わらず、あたしは今、二人に抱いていた怒りがスーッと消えていた。
そうして、早く山本に会いたいと思った。
まあ、後一時間の辛抱だ。
「山本、うわっ、懐かしい!」
目の前にいる二人は、同級生だった男の名前を聞き一層楽しそうに笑っていた。
「ねー。あいつ、凄い偏屈だったもんね」
アハハ、と灯里は笑った。
まあ、これに関してはあたしも同意だ。むしろ、彼と一緒に住むようになってわかったことだが、彼の偏屈さは想像以上のもんだった。
「あいつって、自分は何もしないくせに、他人にはいつも意見するのよね。まず自分がやってから言えっての」
それはない。
あいつはむしろ、自分に厳しく他人に甘い。そして、自分の気が済むまでは全部自分でやろうとするタイプだ。
もしそう思ったのならば、彼女は山本の表面性しか見ていないってことだ。
「あー、ね。だからこそあんなことしたんだろうね?」
「ねー。酷い話だよ、本当にさ」
あんなこと……?
どうやら二人が共有しているらしい話に、あたしは付いていけなくなっていた。
……いいや。
いいや、違う。
そうだ。
思い出した。
思い出してきた。
……高校時代、あたしは山本が嫌いだった。
そもそも馬が合わなかったということも多分にある。だけど、それ以外にも理由があった。
それは……そう。そうだ。
一年の夏。
確か……文化祭での出来事だ。
「山本の、後夜祭ぶち壊し事件」
おぼろげな記憶が、蘇ってきた。
馬が合わないから高校時代嫌っていると思っていたか?
俺はそう思っていたよ。
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