林恵の再会
ヒロイン視点と成増駅(八駅目)
「夕飯は冷蔵庫の中だから。長風呂しちゃ駄目だから。洗濯機を回す時はお風呂の残り湯でやって。後、掃除は一日一時間まで!」
「オカンか」
家を出る直前、あたしは山本に伝える必要があることを伝えた。結果、山本は鬱陶しそうにまたあたしのことをオカンだと文句を言ってきた。まったく。あたしは山本のオカンじゃないっての。……むしろ、恋人になれたらなあ。なんちゃって。
顔が熱い。出発直前と言うのに、山本のせいだ。
「それじゃあ、行ってくるから」
「おう。楽しんで来いよ」
「ん」
少しだけ名残惜しさを感じながら、あたしは部屋を出た。
部屋を出て早々に、あたしはスマホで今の時間を確認した。……少しだけ、あの部屋でのんびりしすぎたかもしれない。
あたしは小走りで駅へ向かった。
数駅電車に揺られ、あたしは灯里との待ち合わせ場所にたどり着いた。
「メグ!」
灯里はもう、そこにいた。
「ごめん。待った?」
「ううん。全然」
「そっか」
「うん。……久しぶりだね」
「……うん」
少しだけあたし達の間に気まずい空気が流れていた。
灯里にしたら、この気まずさは玉突き事故みたいなもんだろう。
だってあたし達が少しだけ疎遠になった理由は、あたしが一方的に灯里に対して嫉妬心を抱いたからなんだから。
彼女にしたら、身に覚えのない確執。
だけど、未だにあたしは……内心では少し。ほんの少し、彼女に対するただならない思いがあった。
「……行こっ、メグ」
「うん」
灯里は、大層楽しそうに微笑んで歩き出した。
あたしは彼女に続く。
……高校時代は、あたしが灯里をリードして歩いていたっけか。ただ、今の灯里のように、相手の気持ちに沿った場所へと向かっていたわけではなかった気がする。
自分の行きたい場所へ行く。灯里は、ワガママ勝手なあたしに付き添っていてくれた。それだけだったと思う。
……いつか山本は、あたしのことを他人本位だと皮肉った。
どこが他人本位だろうか。ふと思った。
あたし達は、渋谷の街を散策した。
ちなみに言うと、あたしは渋谷、原宿が嫌いだ。特に原宿が嫌い。若い人って、大抵あの辺に集まるから、人が多すぎて本当嫌い。特に原宿の駅舎が改装される前。地元からたまにこっちに遊びに来て、当時はよくわからず原宿にまず行っていたが……よくあんな狭い駅舎に皆集うよな、とよく苛立ちを覚えたもんだ。
お昼を食べてからの集合で、あたし達は少しだけ衣服屋を回った。
だけど、結局お互いに特に衣類を購入なんかはしなかった。時期は丁度秋になる頃。秋用の衣服が出回りだした時期だけど……。
あたしはそもそも金欠だから。
そして灯里は、重いから。
だから、結局二人してアパレルショップを冷やかしだけして散策を続けたんだ。
「まだ二時間もあるよ」
「えー、そんなに? メグ、前より一層物欲なくなったね?」
「そうかな」
まあ、ある一件のせいであたしの懐事情は芳しくないし、一時世間から隔絶された経緯もあり、特別欲しいと思うものがなくなったことは事実だ。
「なにか欲しいもの、ないの?」
「……そうだなぁ」
あたしは空を見上げて、少し頭を捻ってみた。
時間はまだまだたくさんある。どうせなら、些細なものでも寄り道する理由がほしかった。
しばらくの思案の結果、一つ、あたしの頭の中に浮かんだアイディアがあった。
「掃除用具」
「掃除用具?」
「うん。山本が、そう言えば最近……撥水コートのスプレー欲しがってたなって。鏡の垢取りプラス、曇り止めになるんだって」
「へー、そんなのあるんだ」
「うん。……まああいつ、もう五種類もその手のスプレー持ってるんだけどね」
「え、そんなに?」
「うん。もう要らないでしょっていくら言っても、これはあれとは違うからとか。高グレードだから、とか。男のくせにいつもネチネチ言ってるよ」
「へえ」
「一体、何にそんなに惹きつけられるんだろうね。わかんないよ、あいつのことは」
……ひとしきり語り終えて満足して、あたしは灯里が何も言わないことに気づいた。ただ不思議と、視線だけは感じた。
ふと隣を見ると、灯里は生暖かい目であたしを見ていた。
「何?」
「いやあ、仲良くやってるんだなあって思って」
「う、うっさい!」
久しぶりに昔みたいな大声を出した。
ただ昔と違うのは、頬が……ううん。顔全体が熱い。
「ほ、ほら、行くよ!」
「じゃあ、雑貨屋?」
「ううん。カラオケ! カラオケに行くよ!」
「えぇ、スプレーはいいの?」
「いいよ。だってあたし、細かいことわかんないし」
「あそっか」
灯里は納得したらしい。
「じゃあ今度、山本君とデートする時に買ってあげなよ」
灯里の楽しそうな声に、あたしはカーっと頬を赤く染めた。




