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【第4巻10/24発売!】高校時代に傲慢だった女王様との同棲生活は意外と居心地が悪くない  作者: ミソネタ・ドザえもん
荒療治な女王様

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ツンのデレ×ポンのコツ

「ねえ、山本君?」


 俺が家に帰ることになる少し前のことだった。

 背負っていた笠原は静かに微笑み、そうして俺の首に両腕を絡めてきた。

 真夏の夜。額に汗が滲むくらい暑かったにも関わらず、笠原に絡みつかれたことによる体温上昇は不快ではなかった。むしろ、どこか心地よい。


「今、あたしが何考えているかわかる?」


 笠原の問いは、あまりに抽象的でわかりそうもない。

 多分、終電にまつわる話は一切ないだろう。もし今、笠原が自分の家に俺を泊める気があったとして、俺がそれを言い当てたとして、多分笠原はそれに同意しない。そんなこと考えてもいなかった、と俺をはぐらかすように否定するだろう。


「居心地悪い背中でごめんな」


「居心地悪いだなんて、そんなことない。むしろ、高校の時より少し大きくなったよ」


「筋トレも止めて、大きくなる理由が見当たらない」


「太った?」


「あー、林の手料理は旨いからな」


「アハハ。順調に餌付けされてるじゃん」


 最近は早起きした際に散歩もするようにしているのだが、それだけでは足りていないということだろうか。


 俺が彼女を背負って歩いたことは、さっき話した高校時代、体育で足をくじいた彼女を連れて帰った時の一度きり。

 あの時は俺の筋トレ全盛期だったし、多分今よりも背中が大きかったのは間違いない。


「多分、久しぶりだからそう思うのかも」


 笠原は顔を俺の後頭部に預けた。

 さっきからどんどん、笠原の体が俺に密着していく。変な気はしていない。多分。


「高校時代、君が全然おぶってくれなかったせいだね」


「え、ここで責任転嫁する?」


「するよー」


「……もっとおぶってほしかったのか?」


「……あー。どうだろう?」


 それは、事実であれ事実でなかれ、ちと酷い反応だ。

 

 少し俺は落ち込んだ。

 そうして、気付いた。


 こうして彼女と会話をして、喜んで、笑って、落ち込んで。

 今の俺達は、当時とは異なった関係を歩んでいる。だけど、関係自体に大きな変化が生じたようには感じない。


 むしろ……前よりずっと、自然体で彼女に接しられている気がする。

 この時間のことを、何物にも代えがたいと、そう思うくらいに。


 ……少し、歩調を緩めて歩いたとして、笠原はそんな俺の変化に気付くだろうか。

 もう終電はない時間。

 だったら、今更どれだけ帰宅に時間がかかっても構わないではないか。


 そうだ。

 終電。


 ……さっきから笠原は、俺に一々終電がなくなったことを意識させていた。

 あれの意図は……?


 ただ、気になっただけか? 彼女ならありえる。彼女はしょっちゅう、思わせぶりな発言をするから。


 ……でも。

 でも、もしも……。


 もし、あれが俺を家に泊めるための免罪符だったのだとしたら……?


 もし、そうだとしたら。

 俺は……。


「なあ、笠原?」


「ねえ、山本君?」


 俺達の互いを呼ぶ声が重なった。

 しばらくの沈黙の後、俺達は微笑みあった。


「お前から言えよ」


「君から言えよぅ」


 笠原が俺の頬を突く。俺には反撃の術はない。仮にあっても、することはない。


「……じゃあさあ、一緒に言わない?」


「……わかった」


 俺達はスーッと息を吸った。

 俺が、今ここで言いたいこと。

 それは他ならない、この後のこと。


 終電を逃したこの状況。

 これから俺がどうするか。

 それを、彼女に伝えようと思った。


 何となく思った。

 彼女も多分、今俺に言おうと思ったことは同じだと、そう思ったんだ。


「俺、歩いて帰るよ」


「今日、歩いてでも帰るんだよ?」


 やっぱりな。

 おかしくなった俺は、住宅街で近所迷惑にならない程度の声で笑った。


「お前、終電逃させたのにそんなこと言う?」


「君だって同じことを言ったじゃん。それにさ」


「林が心配だから、だろ?」


「ん」


「お前、本当に林のことが好きだよな」


 他人に邪な感情を抱くことなんて滅多にない俺でも、少し嫉妬するくらいだ。


「……今、メグの支えになってあげられるのは君だけだもん」


 彼女にはまだ話していない。

 林が、勘当されていた両親との関係を取り戻せたことを。

 全ては、きっかけを作った笠原のおかげだ。


「お前も報われないな」


 俺はつぶやく。

 今、笠原は林のために色々と手を焼いている。だけど、何故だか二人は今、少し気まずい関係らしい。

 そんな彼女の報われなさに、俺は少し同情をしたのだ。


「報われないなんてことない。あたしは今、結構充実しているよ?」


「でも」


「あたし、後悔はしていないんだ」


 笠原は微笑む。その楽しそうな声には、一切の嘘は混じっていなかった。


「お前が満足なら、なにか言う方が野暮だよな」


「そうそう。その辺の割り切りの良さ、好きよ。山本君」


「はいはい」


 それからも俺達はしばらく会話を楽しんだ。住宅街を歩くから、声は控えめに。

 そうして笠原のマンションに到着し、俺達は別れた。


 ……以前、一度彼女の家に林と一緒にお邪魔した時。

 スーパーを経由して俺達は、歩いて俺の部屋から笠原の部屋までを移動した。所要時間は三十分。

 決して、歩けない距離ではない。


 決して……帰れない距離ではない。


 なのに、中々一歩踏み出せないのはどうしてか。

 もしかしたら俺は、心の奥底では笠原の家で、彼女と二人でいたかったのかもしれない。


 勿論、そんなことは一生、誰かに教えることはない。

 これは全部、墓場にまで持っていくつもりだ。


 三十分の徒歩をして、俺は家にたどり着いた。


 ……林は。

 俺の、同居人は。


 もう、寝ただろうか?

 部屋の明かりは点いていた。


 でもいつもなら、もう寝ているような時間だ。


「ただいま」


 控えめな声で、俺は言った。

 静かに歩いて、リビング。


 林はまだ、起きていた。


「……悪いな。起きて待っててくれたのか」


 ベッドに枕を抱いて寝転びながら、林はテレビをぼんやりと眺めていた。

 よく見れば、林の持つ枕は俺の枕だ。寝ぼけているのだろうか。


「いやあ、面倒臭かった。お前のせいで、酷い目に遭ったよ」


 よく考えれば今日の一件は、林が俺の掃除用具を人質に取ったために巻き起こされたもの。少しくらいの恨み節も許されるだろう。


「今後は出来れば、もうあんな非道な脅迫してくるなよ?」


 靴下を脱いで、洗濯機に押し込んで。

 俺は寝間着を持ちにリビングに向かった。シャワーを浴びようと思っていた。


「……林?」


 リビングによる最中、俺は気付いた。

 さっきから一言も発しない同居人のことを。


 林は……。


 目は開いている。

 枕を触る手も、ちょいちょい動いている。

 そして、俺が彼女の顔を覗くと、枕に顔を埋めた。


 意識はしっかりあるようだ。

 だったら、なんでさっきから俺の話を無視するのだろう。


「今日はごめん……」


 枕に顔を埋めたまま、くぐもった声で林は言った。


 ……高校時代の林からは、聞けないような言葉を聞いた。


「謝る必要なんてない。俺のためにしてくれたことなんだろ?」


「……バカ」


「ん?」


「なんでもっと早く帰って来ないのよぅ……」


「えっ」


 謝罪から急転直下の文句。

 思わず、変な声を出してしまった。


「どうして合コンなんて行くのよ。もっと早く帰って来てよ。心配させないでよぉ……」


「あわわ、ごめん……」


「なんで謝るのよ、バカぁ……」


「えぇ……?」


 じゃあ、どうしろと?

 俺はそれからしばらく、なんだか落ち込んでいる林を慰め続けるのだった。

五章終了です。真面目なラブコメやってて草

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― 新着の感想 ―
めんこつヒロイン
そろそろ笠原さん視点の解説が欲しい、と思ったらこの章終了ですか? この先も楽しみです。
俺さ、この作品読んでて気付いたんだけど 面倒臭い女が好きだわ。
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