思わせぶりな女
ラーメンを食べ終えた俺達は、電車に乗り帰路についた。電車の中は結構空いている。今更時計を確認すれば、時刻は十一時半を過ぎていた。一次会しかしていないのに、結構遅い時間になってしまった。
「送っていくよ」
「ありがとう」
このペースで行くと、彼女に家に寄ったら終電を逃す可能性がある。
それはわかっているが、俺は彼女を家まで送る選択を取った。こんな深夜の道を、女子一人で歩かせるのは、少し不安だった。
笠原も素直にお礼を言ってきたあたり、彼女も内心、少し恐怖心もあったのだろう。ほら、彼女可愛いし。
電車は俺の家の最寄り駅を通り過ぎていく。
笠原の最寄り駅にたどり着いたのは、それから十分後くらいのことだった。
笠原の家までの道を歩くのは二度目。
あの時は、林も側にいた。つまり、二人きりでこうして歩くのは、初めてだ。
「ねえ、山本君?」
「ん?」
「……少し、酔っちゃった」
「そっか」
「おぶって?」
お酒なんて飲んでいないのに。まるで甘えた赤子のように、笠原はねだってきた。
「ん」
俺は、笠原をさっきのように背負った。
笠原は俺に、身を預けて背負われていた。
「今日はごめんね?」
突然の謝罪だった。
「何が」
「君を今日の合コンに呼ぼうって言ったの、入江ちゃんなんだ。あたしが聞いたのは、今日になってからでさ。本当は、あたしも合コンになんて出たくなかったの。適当にバイトのシフトが急に入ったって断ろうと思ってた」
「なんで」
「……興味ないから、かな」
「そっか」
「深くは聞かないんだね」
「そういうの好きじゃないだろ」
「……うん」
何となく、今の話で事情は察した。
どうやら笠原は、同じグループに所属をしているが、入江さんに対して快い感情は持っていないらしい。だから、わざわざ俺と入江さんが急接近しないように今日の合コンに嫌々参加したんだ。
そうとすれば、あまりにタイミングの良かったあの酔っぱらい騒動にも納得がいく。多分、入江さん以外の女子の助太刀がなくても、一次会が終わったところで俺を強引に連れ出すつもりだったんだろう。
「どうして入江さんのこと、好きじゃないんだ?」
「……そこ、聞いちゃう?」
笠原の頬が、俺の後ろ首を擦った。
「似てるの。メグに」
そして、笠原はとても言いづらそうに言った。
「そうか?」
「似てるよ。似てるの」
「……そうか」
まあ、林とも、入江さんとも、俺より交友の深い笠原が言うのだから、間違いないだろう。
「悪い人じゃないんだ。でも、彼女はメグじゃないから」
「お前、林のこと好きすぎだろ」
それで嫌われているのだとすれば、入江さんには少し同情する。まあ多分嫌いというより……似ているからこそ、距離感を持って接したい。そんな感じか。
……だけど、だったら不思議だ。
だとしたら笠原はどうして、俺と入江さんが急接近するのを嫌がったのだろう。
もしかしたら……。
いいや、彼女に限って、多分それはない。
「それにしても意外だった。まさか山本君が合コンに参加するだなんて」
「え? ……ああ、まあ。断れなかったんだ」
「なにか恩義を感じることでもあった?」
「命の恩人みたいなもんだな」
命より大切な掃除用具を守ってくれた英雄の頼みだから、とは言えなかった。
しばらく俺達は無言になった。
笠原を背負いながら、俺は歩く。夜ではあるが、まだ外は暑い。たらふく食べた後ということもあって、胃も重く、額には汗を掻いていた。
疲弊も少しだけしている。
こんなことなら、大学進学後もジム通い、続けておくんだった。
少しだけ後悔をした。
……高校の時は。
学校に行って勉強をして。
ジムに行って汗を流して。
そうして、笠原と一緒に帰っていた。
今思えば、俺なんかには勿体ないくらい、尊い時間だった。
笠原と話して。
笠原と微笑み合って。
いつも斜に構える俺だけど……あの時間は、心の底から楽しんでいた。
「ねえ、山本君?」
「ん?」
「終電、大丈夫?」
「……駄目だろうな」
「そう」
俺達は再び黙った。
夜ではあるが、まだ外は暑い。たらふく食べた後ということもあって、胃も重く、額には汗を掻いていた。
疲弊も少しだけしている。
なのに俺は、今この時間を少し……ほんの少しだけ、楽しんでいた。
昔を思い出すためか。
はたまた、まだわずかに残る未練のせいか。
……もしくは。
「終電、もう駄目ですか」
「……ん」
笠原は今、敢えて終電を強調しているように思える。
誘っているのか?
……彼女はいつも、本心を口にしない。
「ねえ、山本君?」
吐息混じりに、笠原は微笑していた。
ラーメン食った後イチャイチャイチャイチャするこいつらが許せない。
なんなの?
昔付き合ってたの?
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