酔っ払い
合コン初っ端に笠原が場の空気を悪くしたものの、意外とその後は悪い雰囲気が流れることがなく、ワイワイガヤガヤ騒がしい時間が進んでいる。もし俺が笠原と同じような真似をしていたら除け者にされそうなものなのに、なんだかんだ周囲と当然のように馴染める笠原って凄いんだなあとぼんやりと思っていた。
そう言えば俺は、笠原が場の空気を悪くしようがなんだろうが、いつも通り一人の時間を楽しんでいた。頭の中にあったのは、会費分の食事を楽しもう、そんな考えだけだ。
「山本君、唐揚げ食べるの?」
「あ、うん」
「取ったげる」
席替え後、俺の隣に座った少女が、わざわざ俺なんかのために取皿に唐揚げを取ってくれた。しかも二個も。
「ありがとう」
俺はお礼を口にして、ついで名前を呼ぼうと思ったが……その名前が出てこない。合コンの最初に、俺達は皆が自己紹介を行った。それでいて彼女とは、この前、大学の食堂で笠原と話していた最中に、少しだけ会話をしていた。それなのにも関わらず、名前が出てこなかった。
「入江ちゃん」
反対の隣に座る笠原がすかさずフォローしてくれた。
「入江さん」
すかさず、俺は彼女の名前を口にした。
「ううん。……光でいいよ」
「わかった。入江さん」
俺は入江さんに名前呼びを強要された。しかし、女性慣れしていない俺は当然、彼女を名字で呼ぶ。
「アハハ。山本君、やっぱ面白い」
距離感を感じさせるような行為だったにも関わらず、何故だか入江さんの反応はすこぶる良かった。これはもしかしたら、事前に俺の性格、笠原あたりから言い含められていたのかもしれない。
「……唐揚げ美味しい?」
「うん」
「も一個食べる?」
「いやさすがに、皆も食べろよ」
そう言って俺は、この合コンに集められたメンツの方を見るが、向こうは向こうで話すのに夢中になっていて食べる方はおろそかだった。気付けば、俺と入江さん以外の六人は皆で楽しそうに話している。
これは、出遅れたな。
「食べなよ」
「そうする」
「唐揚げ、好きなの?」
「まあな。一番好きなのは、牛たんだがな」
「そうなんだ、美味しいよね。あたし、食感が好き」
「ほう。入江さん、よくわかっているな」
それから俺は、牛たんが好きらしい入江さんに牛たんの魅力を五分くらい語ってあげた。彼女は終始、ニコニコ顔で俺の話に応じていた。
なんというか、新鮮な反応だ。
例えば笠原。彼女は俺のうんちくを聞く時、いつも途中で話を遮る。興味のない話をするより、好きなことを話していたい質なのだろう。
例えば林。彼女は俺のうんちくを聞く時、あからさまに話を聞いてない。興味がない。彼女の態度からはその感情がにじみ出ている。一番質が悪い人種だ。
それに比べて入江さんは、多分牛たんのうんちくになんて興味はないのだろうが、嫌そうな素振りを一切見せない。
「入江さん、聞きたくない話は聞きたくないって言った方がいいぞ?」
あろうことか俺は、自分が嬉々としてうんちくを語ったにも関わらず、興味ありげに頷いてくれていた入江さんに指摘をする。一体、どの立ち位置から言っているのだろう。後になって思ったことだ。
「そんなことないよ? あたし、山本君のうんちく聞くの、好きだよ?」
「……ほう」
やはり肌に慣れない反応をされ、俺は少し戸惑った。というか、逆に心配になる。嫌なことは嫌って、言った方がいいと思うぞ?
……他人が嫌だと思う話、しない方がいいと思うぞ? 俺。
「山本君ってさ、鍛えたりしてる?」
「え?」
「どう?」
「……あー、高校の時な。凝り性なんだ」
「やっぱり。あたし、ジムに結構通っているよ」
「何?」
高校の時、俺は一時期ひたすらジムに通っていた。体を鍛えるという行為は、この世に多様にある趣味の中でも生産性があるものだと思っている。体を鍛えて出来た肉体美を見る時のあの快感は、何ようにも代えがたい幸福だった。
じゃあなんで高校の時ジム通いを止めたかと言えば、受験勉強が始まってまとまった時間を取れなくなったためだ。一度通わなくなれば最後、途端に俺の中の筋トレ熱は冷めきった。
こう見えて俺は、熱しやすく冷めやすい。
しかし、こうして筋トレ仲間が出来ると、昔それに注いだ情熱を思い出してしまう。
俺達の会話は、それからはわかりやすく弾みだした。
「あー、ちょっと、灯里ちゃん大丈夫?」
背中に温もりを感じつつ、背後から聞こえた声で、俺と入江さんの会話は中断された。
背後を見れば、俺の背中に体を預けたのは、笠原だった。ほのかに顔が赤くなったように見えた。
「え、もしかして酔った?」
「ちょっとー、誰かアルコール飲ませたでしょー?」
女子達は、俺以外の男子達に言った。俺は除外された。多分、見るからに連中と俺の仲が良くなさそうだから、意識的に省かれたのだろう。まあ、咎めるような言い振りだが、そこまで女子達も怒った様子はない。
工学部パリピ族は、慌てた様子で飲酒させてはいないと否定していた。
「さすがにさあ。それはバレたらまずいじゃん」
「まあ、確かにね?」
「えぇ、じゃあなんで?」
「……もしかして、匂いで酔った」
女子達は笠原を見ておかしそうに笑って、男子達はお酒が弱いらしい笠原に目を奪われていた。
笠原、酒苦手なのか。ちょっと意外だな。
俺は思っていた。飲酒を彼女と一緒にしたことがあるわけではない。ただ、何となく彼女は酒が強いタイプだと思っていたのだ。それがまさか、匂い程度で酔うだなんて。
「ちょっとさ」
「ああ、エモい」
男共がしょうもないことを囁いていた。
それから笠原は、ずっとこんな調子で合コン最後まで時間を過ごすのだった。背中がずっとほのかに温かい中、俺は入江さんとの会話を余儀なくされた。話の流れで、俺は入江さんと連絡先を交換し合うのだった。
「ねえ、二次会行こうよ」
合コン終わり、男子達は女子達を二次会に誘っていた。
「あー、ごめん。さすがに灯里ちゃんがこんな調子だからさ」
「あー、うん。そっか」
男子達は明らかに凹んでいた。もし男子達に興味があれば、女子達も笠原を放って二次会に向かったことだろう。そうしなかった理由は……ご愁傷さまです。
「ねえ山本君、ちょっと灯里介抱してってあげてくれない?」
「え、俺?」
「そうだよ。この中で一番、体強そうだし。夜道も任せられるね」
入江さん以外の女子二人は、ニヤニヤしながら俺を見ていた。そう言えば彼女達も、この前の学食で俺と笠原の関係を知った人達だった気がする。
……俺は、しばらく考えた。
笠原とは高校時代、それはもう色々とあった。正直、彼女と二人きりの時間はとても気まずい。
ただ、酔った状態の彼女と二人であれば……。放っておくのも、彼女の親友である林から後々色々言われそうだし。
「わかった」
「ありがとう。お願いね、王子様」
「背中むず痒くなること言わないでくれますか?」
「アハハ。じゃあよろしくね。バイバイ」
俺は、笠原を女子から受け取った。
「おぶって、山本君」
「あ、はい」
笠原に指示され、俺は笠原を背中で背負った。
「……山本君、あかりちゃんをよろしくね」
「おう」
入江さんも、俺達に一瞥して去っていった。
男子達は、俺には目も暮れず、さっさと居酒屋を後にした。多分これから、男達だけで別の居酒屋にでも行くのだろう。
「山本君、置いてかれちゃったね」
「お前のせいでな」
「元々仲良かったわけじゃないんでしょ?」
「まあな」
笠原とポツポツ会話を交わした。まだ騒がしい居酒屋を、俺はチラリと見た。
「帰るぞ」
「うんっ」
笠原の声は明るかった。
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