合コンの誘い
同じ科の男子と話せだなんて、林もとんでもない要求を俺にしてきたもんだ。まったく。俺はこれまでの人生、友達がいないことを憂いたことなんて滅多にないと言うのに。今更友達なんて、求めていないと言うのに。
まあ、彼女の気持ちはなんとなくわかる。
元恋人から彼女を匿ったり、先日の実家への帰省の件だったり、俺はこの一月でそれなりに彼女に対して恩義を感じさせてきた。
きっと、その恩義を少しでも返したいと思ったんだろう。
話の流れで、俺に友達がいないことは共通認識となり、だったらそれを解消させてやろう。いやはや、実にオカンめいた林らしい発想だ。
そんなオカンめいた林の発想を、俺はどうするべきなのか。
……正直。
正直に言えば。
……絶対、イヤだ。
俺と同じ科の男子と話す。俺と同じ科の男子って……あいつらだろ? あの、講義中騒がしい奴ら。まったく、講義中くらい静かに勉強しろよと思った回数は、最早数え切れない。なんでそんな奴らとこれから友達にならないといかんのだ。
まあ、一部騒がしくない連中もいるにはいるが……机の下でスマホをイジっていたり、机の上でスマホをイジっていたり。それ以外だとゲームをしているような輩もいる。
……ちょっと待て。碌な奴いなさすぎないか、ウチの科の男子って。
まあ、親元を離れ大学生活を送り始めてしばらく。ようやく彼らも大学ライフを楽しみ始めた頃なんだろう。ただ、夏休み明け早々から羽目を外すのは違うと思うぞ、学生諸君。
「くっそ、どうしたもんか」
大学へ向かう道中、俺は歯ぎしりをしていた。
このままでは……俺の掃除用具が売られてしまう。確かにあれは、林から見たらガラクタ同然だろう。
だけど。
だけど……っ!
あれらは俺にとっては、我が子同然なんだ。
そんな大切なあいつらを売られるだなんて、言ってしまえば寝取りみたいなもんだ。俺の脳が破壊されてしまう。だから絶対に駄目だ!
しかし、だったら一体どうすればいい。
林は言っていた。ただ男子に話しかければいいべきだと。
ただ、俺は思うのだ。
話したって騙れば……良くね? と。
俺は嘘が嫌いだ。
これまでの人生、付いた嘘は多分、ダウトを除けば片手で数えられる。
そんな俺が真剣に嘘をつくか悩んでいるのだから、事態の深刻さを把握してもらいたい限りだ。
……まあ、林の言う通りなんだ。
簡単なことなんだ。
林は俺に、男子とどんな話をするかまでは要求してこなかった。必ず友達を作って帰ってこいとも言わなかった。
ただ、話してこいと言っただけなんだ。
確かにそれは、特別難しい要求ではない。
……でも俺は今、特別友達を欲しがっていない。それは本当なんだ。
さっきは同じ科の男子をなじるようなことを内心で思ったが、友達がいらないと思っている理由はそれだけではない。
俺は、人といるより一人でいる時間の方が好きなんだ。
一人でテレビを見て、一人で本を読んで、掃除をして。掃除をして。
そうしている時間が、好きなんだ。
今更、そんな生活スタイルを変えたいとは思わない。だから俺は、今友達を欲していないのだ。
……仕方ない。
今日、家に帰ったら林に言おう。
俺は今、友達を欲していない。だから今日、お前の要求を、望みを叶えなかった。
掃除用具を売るなら売ってくれ。ただ最後に……最後に、写真を一枚、撮らせてくれ。
それだけ、土下座でもしてお願いしよう。
ようやく大学にたどり着き、これから講義が始まっていくというのに、俺の気分はブルー一色だった。
いくつかの研究棟を横切って、一限目の講義が行われる棟に入り、講義室へ向かった。
そんな時だった。
俺に、奇跡が起こる。
「あっ、えぇと……ヤマギワ君?」
講義室に入るやいなや、ヤマギワ、という男子を呼び止める男が一人。その人物の顔は知っていた。こいつはさっき内心で毒づいた、講義中騒がしい男グループの一人だ。
そんな男に急に呼ばれたヤマギワという男を、俺は少し不憫に思った。
ただすぐに違和感に気付いた。
さっきから件の男は、俺の前から動こうとしないのだ。
俺は、耳にしていたイヤホンを取った。
……ヤマギワという名に聞き覚えはない。
「俺のこと?」
ただまさか、俺のことを呼んでいるわけではないよなと思い、そう言った。
「そうそう」
「俺は山本だ」
「あー、ごめん。山本君」
謝罪の色を感じさせない、軽い声だった。
しかし、俺はまもなく気付いたのだった。目の前にいる茶髪の……同じ科の男に、俺は話しかけられた。
これはつまり、俺は林のミッションをコンプリートしたってことになるではないか。
「ありがとう」
「え、何が?」
「お前のおかげで俺、命より大切なものを守れたんだ」
「へぇ、凄いね!」
俺は微笑んで頷いた。
うんうん。そうだ。凄いだろう?
「じゃあさじゃあさ、山本君、ちょっと俺のお願い、聞いてくれない?」
「ああ、勿論だ。困った時はお互い様だからな」
「うわー、山本君やっさしい! じゃあ、今晩お願いね」
「任せろ」
「合コンだから」
「ああ、わかった」
しばらくの沈黙。
「えっ!?」
俺は声を上げた。
「皆ー、山本君オッケーだって」
「マヂ!?」
「山本パイセンぱねえ!」
待て待て待て。
俺今……友達以上に不要だと思っているのが、恋人だぞ?
そんな俺が、合コンに参加?
いや、そんなの困るよ!
……ああ、でもあれか。
俺、ただの数合わせか。
……だったらまあ。
まあ、しょうがない……かな?
最早断れる雰囲気でもなくなった状況を鑑みて、俺は一人大きめのため息を吐いていた。
講義が始まる前、俺は林にメッセージを送った。
『早速男と話したぞ』
『はや。どんだけ掃除用具捨てられたくないの?』
『それで、今晩予定が出来た』
『どっか行くの?』
『合コン』
メッセージを送った後に思ったけど、合コンに行くこと林に言って大丈夫だっただろうか。
林からの返信は返ってこなかった。
主人公こんなデリカシーなかったっけと思って読み返したけど、こんなにデリカシーなかったわ。
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