怖い親
「ウチの親って厳しくてさ。小さい頃からあたし、その親のせいで色んな習い事をさせられてきた。習字。ピアノ。そろばん。スイミング。バレエ。他には……テニスとか? 本当、色んなこと。本当に嫌だった。あたしは習い事よりも友達とおしゃべりしたり、おままごとしたり、そんなことをしたいと思っているだけなのに、……特に、お父さんが厳しくてさ。もし習い事を辞めたいだなんて言おうものなら、一度始めたことを途中で投げ出すだなんて何言ってんだって、それはもうカンカン。一日中機嫌が悪くなって、あたしはいつも部屋の隅で泣く羽目になっていた。
そんな束縛された生活を送ったからかな。あたし、反抗期がすごかったの。……まあ、わかるよね。あんたはあたしの高校生時代、見てるんだもんね。中学二年くらいからかな。石川って友達がいたんだけど、その子としょっちゅう親の愚痴を言い合っている内に、つけあがったの。そしたら反抗期モンスターの出来上がり。本当、酷かったよ。家ではお父さんと絶対口を利かなかったし、習い事も全部勝手に辞めてさ。反感買ってもそれも無視。そんな調子でつけあがり続けて、高校生活もその延長線。そんなことをしていたら、いつの間にかあたし、女王様だなんて呼ばれてた。
まあ、あの時にはあたしの周りには、あたしを利用して灯里に近づこう、とか、あたしの威光に預かってカーストが低い人間を見下そう、とか、そんな連中ばっかりだったけどね。それでも、女王様気取りの学生生活は楽しかったよ。
大学は……正直、上手く行っていたかはわからない。知り合い皆と別の大学に進んだし、親元を離れたからかな。実家に帰りたくないとは思っても、昔よりは落ち着いた生活をしていたと思う。だから多分、まあ目立つグループにはいたけど、序列的には前の方ではなかったと思う。
ほ、本当だからね……? だ、だから、……そ、そこまで合コンとか、そういうの参加してなかったし……。しても、全然男の人になんて興味はなかった。……う、嘘じゃないよ?
うぇぁ……まあ、あいつには引っかかったけどさ。
……ゴホン。
とにかくさ、大学時代のあたしは……親元を離れる。実家に帰らない。それだけしか考えてなかった。気の迷いだったんだと思う。あんな男と交際を始めたのは。
あの時、同棲するって親に連絡したのは……勘当してきたのは向こうだけどさ。あたしももうそっちには帰らないからって意思表示のつもりだったんだ。お父さんもきっと怒ると思ってた。あたしが、同棲を始めました、だなんて言えば。でも、それで良いと思った。あたし多分、お父さんのこと大嫌いだったんだ」
俺が林を説得してから数日後。
週末の二連休を利用して、俺達は地元へ帰省するための電車に乗っていた。まもなく電車が地元の最寄り駅にたどり着く頃、極度の緊張からか、いつになく饒舌に林は昔話を語りだした。
色々なことを、彼女は今、俺に教えてくれた。
途中、何故だがとても口が重くなっていたが、それの理由はよくわからない。
ただ、何となく今の話で、林がどうして高校時代、あれだけ強烈なキャラをしていたか。それが理解できた。
親の影響。なるほど。まあわからん話でもない。
「……ごめんね。変な話を聞いてもらって」
「いいや。下手な三文小説読んでるよりかは楽しかった。何よりリアリティがあったからな」
「……あんたが喜んでくれたなら、良かったよ」
林は控えめに微笑んだ。これから待ち受ける状況を前に、心の底から笑える気分ではないようだ。
「後、ごめん。……あんたがあたしに実家に帰ろうって持ちかけたの。多分、親との関係を改善しろって意味だったんだろうけど、それが出来る自信はない」
「……お前にその気がないのなら、無理に仲直りしろだなんて言わない」
「でも、あんた多分、お父さんにめっちゃ叱られるよ。ウチの娘を誑かしやがってって」
「まあ、一緒に叱られることくらいはしてやるさ」
「……殴られるかも」
「それはヤダ」
「あたしもヤダ。……他の人ならまだしも、もしあんたを殴ったらあたし……何するかわからない」
どうやら林は、一時部屋に匿ってくれた俺に対して、まだ恩義を感じているようだ。
まったく、こっちだって色々お世話になったのだから、その件はそれで相殺だろうに、律儀な奴だ。
「……ねえ、山本?」
「ん?」
「あんたはさ……どうして急に、あたしに実家に帰ろうって言い出したの?」
笠原経緯で林の母が林を探しているから、とは話さなかった。
一応、大学で笠原に相談はした。林に、お前から相談を受けたって言った方が良いかって。
笠原は、絶対駄目、と笑いながら言っていた。だから俺も、笠原の名前は出さないようにした。
「……俺がお前の家族との関係を案じたことは、今回が初めてじゃないだろ」
どんな言い訳をしようか考える中で、俺は思い出したことがあった。それはまあ、言葉通りの内容だ。
「お前を部屋に匿って大体一月が経った。傷だって癒えつつある。今の俺達の関係は、いつかきっと破綻する。……だから、こういうことは、早い方が良いんだよ」
「……タイミングを見計らっていたってことね」
俺は黙った。
「ねえ、山本?」
「何だ」
「……手、繋いでいい?」
いきなり何を言い出すんだ、と思って、俺は隣の席に座る林を凝視した。よく見れば林は、震えていた。
反抗期があったとはいえどうやら、林は未だ、彼女の父親に対して恐怖心を持っているようだ。さっきの話。今の態度を見ればそれは、一目瞭然だった。
「……ん」
俺は、林の右手に俺の左手を重ねた。
こういうことをしていると、顔が熱くなるのは昔からずっと変わらない。いつまでも慣れない。
「……ありがとう」
「ん」
減速を始めた電車の車窓を、俺はぼんやりと眺めていた。
日間ジャンル別一位感謝前倒し投稿。このノリ何度目だ。マジでストック貯まらない。
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