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勘当

 唐揚げ定食の味がしない。最初はちゃんとしていたのに。一体どうして。タイミング的にそうなったのは、笠原が俺の向かいの座席に腰を落とした頃か。


「そこにいられると食べづらいんだけど?」


「ごめんね。でもなんだかこうしていると、高校時代を思い出さない?」


「話、はぐらかさないでもらえますか?」


 ため息を吐いて、俺は刻まれたキャベツを口に運ぶ。まあ確かに、高校時代の休みの日とか。林と笠原が遊ばない日、俺達はデートを度々した。そんな時入店した飲食店はただのファミレス。恋人なら隣同士に座ればいいのに、あの時の俺は平然と向かいの席に腰を落としていた。

 ……もしかして今そのことを思い出させようとしたの、笠原の当てつけか?


「……山本君も罪な男だね」


「何が」


「さっきの……入江ちゃんって言うんだけど。多分、君に興味を持ったよ」


「まさか」


「……まあ、君はそう思うよね。高校時代、どれだけあたしがヤキモチ妬いてたか、知らないでしょ」


「……言ってくれなかったからな。そんなこと」


 緊張だけでなく居た堪れなくもさせるのか。酷い人だ、彼女は。


「……その話のために、ここに残ったのか?」


「ううん。違う」


「えっ」


 じゃあ、俺なんで今彼女にこんな話をされたの? もしかして、本当にただの当てつけ?


「メグは元気?」


「……ああ、元気だよ」


 笠原が少し気まずそうに言った言葉を聞き、俺は笠原がここに残った意味を理解した。

 ……あの日、本屋で笠原と林は出会っていた。その時、多分笠原は林に、俺と彼女の高校時代の関係を教えたはず。


 あれから二人は、再会を果たしていない。

 高校時代あれだけ仲が良かったにも関わらず、笠原と林は今、少し気まずい雰囲気になっているのだ。


「……すまんな。俺のせいで」


 俺は、思わず笠原に謝罪をしていた。


「それは何の謝罪?」


「何のって、色々だ。……こんなことなら、あいつにキチンと、俺達が昔交際していたことを話すべきだった」


「話して、そしてまた今みたいに、謝るってこと?」


 俺は黙った。


「山本君、別に謝る必要なんてないよ。謝る必要があることってさ……。失敗だとか、間違ったことをした時だけじゃん。あたし達のあの時間は、別に何も間違ってなかったよ」


「……そうだな」


 意外と笠原は、理屈っぽい。そして、自らの信念上、正しいと思ったことには、頑なだ。その辺は少し、林と似ていると思う。

 ……もしかしたら、似させられた、が正しいのかもしれない。


「あたしのことは気にしないで。君はちゃんとメグを支えてあげて。まあ、今は気まずい関係だけど、時間が解決してくれると思うんだ。だから、あたしは全然悲観なんてしてないよ」


「そっか」


 俺は苦笑した。


「まあ、林のことで聞きたいことがあったら連絡してくれ。わかる範囲で答えようと思う」


「それ、二人はもうツーカーの仲みたいに聞こえるね」


「茶化すな。柄にもなく真面目なこと言ってんだぞ、俺」


「わかってるよ。……君のことなら、メグより全然、わかってる」


 ……だったら。

 だったら、どうしてあの時。


 俺は首を振った。過ぎたことを恨んでも仕方がない。


 ……それに。

 あの時は、彼女と別れて少なからず凹んだ気持ちもあった。立ち直れる自信もなかった。ただ意外と、時間が物事を解決してくれた。

 あれから今日まで、色々なことがあった。その結果、俺には昔のことで悩んでいる時間なんてないと気付くことも出来た。


 結果今では、あの時の懐かしい記憶も、俺の中のかけがえのない思い出の一つとして残っている。

 だったら、そんな素敵な思い出を与えてくれた笠原に感謝こそすれ、恨むだなんて間違っている。


「それでさ。今日は、それ関連のことで話したかったんだ」


 俺の心に一つ折り合いがついたところで、笠原は微笑んだ。どうやら本題は、これからのようだ。


「なんだ?」


「……まあ、あれだよ。メグ関係の話」


「林の?」


「うん。……君の言うとおりさ、メグとあたし、今微妙な関係じゃん? でも、お願いされたの」


「誰に、何を?」


「メグのお母さんに、メグを連れ戻してほしいって」


 笠原の言いたいことを、俺は理解した。

 林は今、前の恋人の影響で彼女の両親に勘当された状態だった。だから彼女は、前の恋人が逮捕されたことをきっかけに行き場を失い、俺なんかの部屋に匿われている。


 笠原が林と音信不通状態に陥ったように、多分、林の両親も彼女と連絡が付かない状態になっているだろう。

 いくら勘当を言い渡したとして、娘への情をそんな簡単に捨てれるはずがない。

 

 勘当した後もずっと……林の両親は、彼女を心配していたことだろう。

 笠原に、林の母親が電話をした理由は多分、娘と当時から親友だった笠原なら、林の居場所に宛があると思ったから。藁にも縋る思いだっただろう。


「そっか」


「うん。……まあそんな連絡も関係なく、あたしはずっとメグを探していたわけだけど。……今回、ようやくメグを見つけられたわけじゃん?」


「うん」


 だったら多分、笠原はもう、林の両親に林の居場所を伝えているだろう。


「……まだ、メグの居場所は伝えてない」


「なんで?」


「君に迷惑、かかるでしょ?」


 ……林は、前の恋人を彼女の両親に紹介しているのだろうか。そうでなければ、ただ恋人と同棲しているとだけ状況を伝えていたら。いやそれだけでなく、結局俺は彼女を部屋に匿うと言って、彼女を俺の部屋に住まわせている。彼女と今、俺は同居をしている。

 仮に状況を知っていたとして、親御さんから見れば多分、元恋人も俺も、大差はないだろう。


「……それに、それだけじゃないよ?」


 笠原はいつになく、悲痛な顔で俺を見つめていた。


「ちゃんと、メグが家に帰るべきだよ」


「……笠原」


「彼女の家は……親がいる家は、あそこしかないんだから」


 笠原の言いたいことを理解して、俺はしばらく俯いていた。


「お前、林のこと好きすぎだろ」


 そして俺は、苦笑した。笠原の一途さをおかしいと思ったわけではない。内心では醜く、少し林に嫉妬している自分に呆れたのだ。

 ……やはり俺は、まだ少し笠原との関係を引きずっているらしい。


「山本君はさ、いつもあたしの願いを叶えてくれなかったよね」


「そうだな。口ではいつも、文句ばっかり言ってたな」


「あたしはちゃんと、告白してきた君の気持ちに応えてあげたっていうのに」


「恨み節っぽく言うの、やめてもらえます?」


 俺を振ったのはお前だからな?

 その言葉が口から漏れ出しそうになって堪えて、俺達は苦笑し合った。


「……わかった。たまにはお前の願い、聞いてやる」


「ありがとう」


 柄にもない言い方をしてしまったが、相手が笠原だったからか、羞恥よりも奮起の方が大きい。


「……林をあいつの実家に帰省させる。約束する」


「……うん。お願い」


 笠原は、少しだけ寂しそうに頷いた。

毎章主人公の家を出ていこうとするヒロイン。


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