林恵の恋
ヒロイン視点となります(三回目)
青アザが尽きない日々を送っている時はよく思った。灯里ともう一度会いたい。会って、昔のことを話したい。彼女はあたしの一番の親友だった。だから、受けた傷を慰めてほしい。助けてほしい。そんなことをよく思っていた。
ただあの日、あたしはある男に助けられて、そうして巡り巡って灯里との再会を果たした。
そしてあたしは、山本と灯里の過去を知った。
知らなかった。知る由もなかった。灯里と山本が付き合っていただなんて。
『……よく、家に男上げてるのか?』
今それを知って、この前の再会を思い出して、あたしは悟ったことがある。
『あーん』
それは、あの二人はきっと周囲が羨むような素敵な恋をしていただろうこと。
『アハハ。高校の時から、山本君の奇行は珍しくなかったもんね』
あの二人は、あたしなんて付け入る隙もないくらい、固い絆で結ばれていただろうこと。
……灯里から、二人が交際していたことを知った時。
内心に湧き上がった感情は、嫉妬だった。
あたしの知らない間によろしくやっていたことが許せなかった。
あたしに何の相談もなく結ばれていたことが許せなかった。
そして何より、そんなことに腹を立てる自分を……あたしにとって救世主みたいな二人にそんな邪な感情を抱く自分を、あたしは許せなかった。
きっと今……何に対しても暗い気持ちになるのはそのせいだ。
灯里と山本に裏切られていたこと。
そして、二人の尊い付き合いを裏切り行為だなんて内心で断じる自分のこと。
あたしは、自分のそんな弱い心に整理が付かず、顔を上げられない。
……高校の時、あたしが周囲からなんと呼ばれていたかは知っている。知りたくなくても、勝手に耳に入ってくる。
傍若無人。
傲慢。
女王様。
……何が、女王様だ。
こんなことで悩み。
こんなことで迷惑をかけて。
こんなことで落ち込んで……!
今のあたしの、一体どこが女王様だと言うのだろう。
「あたし、この部屋……やっぱり出ていった方がいいかな?」
そのセリフは、そんな自罰的になった今だからこそ出た、あたしの弱音だった。
発言した後、あたしはもう山本の顔は見れなかった。
あいつの下から逃げおおせることが出来たのはあの時山本と再会出来たからだ。
あいつが逮捕され、あたしが今外を自由に歩けるようになったのは山本が機転を利かせてくれたからだ。
あたしがかつての親友と再会を果たせたのは、山本があたしが日常を取り戻すために助力してくれたからだ。
今あたしがこの部屋に入れるのは、山本があたしを助けたいと思ってくれているからだ……!
高校時代は知る由もなかった山本の優しさ。再会を果たして、一体何度彼のそんな優しさに助けられたかもうわからない。
それなのにあたしは、また弱音を吐いた……!
彼の優しさを踏みにじるような発言をした……!
……卑怯な言い方もした。
この部屋を出ていくのに、あたしは山本の許しなんて乞う必要はないんだ。本当にこの部屋を去りたいのならば、書き置きでもして彼の寝ている隙にここを去れば良いだけなんだ。
それなのにあたしは……山本にあたしがこの部屋にいていいか。是非を問いた。責任を彼に押し付けたのだ。
……彼の優しさに、あたしはついに付け込んだのだ。
いっそ、出てけと言ってほしかった。
お前の顔なんて見たくない。
灯里のことが、まだ俺は好きなんだ。
そう言ってあたしを断じて、あたしをここから追い出してほしかった。
……彼は。
山本は。
でも、きっとそんなことはしない。それもわかっていた。それも含めてあたしは……本当に、最低な女だ。
「お前はどうしたいんだ、林」
「え?」
「お前の気持ちを聞いている。お前は、ここから出ていきたいのか?」
「……なんで」
山本の言葉は、いつも通りに捻くれていた。その時、一番あたしの言ってほしくないことを彼は言った。激情は内心にほとばしっていた。
「この部屋はあんたの部屋じゃない。だから、居候を匿うかどうかは、あんたが決めることじゃない」
そして、感情のままに文句を言った。
「……あー」
山本は、少し困ったように頭を掻いた。罪悪感が胸を締め付けた。あたしが言い出したことなんだ。この部屋を出ていくかどうかは。山本に責任を押し付ける事自体……おかしなことなのに。
なのに、山本は……あたしのそんな最低な感情を断じる素振りもない。
いつも通り彼は……捻くれた言葉で、あたしを、救ってくれようとしていた。
「……お前には何度も言っているだろう。俺は、自分本位な人間だ」
違う。自分本位な人間は……あたしの方だ。
「それこそさ、酷いもんだぜ? 最初なんて、お前が元恋人のところに戻っても構わないと思っていた。俺は最善を尽くせた。そう言えればいいと思ってたんだ」
「……そんなの」
彼はそれを薄情だと断じているようだが、そんなの別に、普通のことではないか。
あたし達の当時の関係は、ただの元クラスメイト。それ以上でもなければそれ以下でもない。彼がリスクを負ってあたしを助ける道理なんてなかったはずなんだ。
なのに彼はあたしを助けた……!
助けてくれたんだ……。
「……わからんか」
山本は……照れくさそうに頬を掻いた。
「つまりさ、そんな自分本位な俺が、俺の意見ではなくお前に意見を求めたんだ。……それは。それはさ……つまり俺は、お前にここにいてほしい。そう思っているってことなんだよ」
……今。
「俺はお前にここに残ってほしい。でも、お前が嫌なら強制はしない。お前が嫌なことはしたくない。……だからその、お前の意見を聞いたんだ」
頬を赤くして、あたしと目を合わせようともしない男を見て。
あたしは今、気がついた。
……灯里と山本が交際していると知った時。
あたしは、嫉妬した。彼らに裏切られたと思った。そんなことを思う権利もないのに、醜い感情に囚われた。
あたしの友人と命の恩人が、あたしの知らない関係を持っていたことが許せないと思っていたんだ。
でも、違った。
違うんだ。今、あたしの中にあるこの感情は。
……だって。
今、あたしは……。
照れくさそうに目も合わせない山本を見て、あたしの心は満たされていた。
でも、そんな山本が一時は別の女と幸せだったと思うと、嫉妬で狂いそうだった。
山本が傷心のあたしを慰めてくれたことが嬉しかった。
山本が灯里と睦まじい姿を見るのが苦しかった。
いつまでも、この部屋にいたいと思った。
山本と、一緒にいたいと思った。
「……なんで」
あたしの声は、震えていた。
「なんであんたは、そんな優しいんだよぅ……」
「えっ、ガチ泣き……」
山本はあたしの涙に引いていた。彼に醜態を晒したことがショックだった。
「うわーん。うわああーん」
あたしはついに、手を冷やしながら大泣きをしてしまった。
「えぇ……? えぇ……えぇええ?」
山本は困惑しながらも、ワセリンを持ったままあたしに近寄り、あたしを慰めてくれた。
山本に慰められながら、泣いていることとは裏腹に……あたしは満たされている心があることに気がついた。
今、あたしは気付いた。
そして、もう言い訳は出来ないことにも、気がついた。
……あいつが。
山本が。
彼が側にいるだけで、あたしは満たされる。
彼の知らない顔を知るだけで、あたしは悲しくなる。
彼と、いつまでも一緒にいたいとそう思う。
それは、前の恋人のあいつと付き合いだした時の感情とはまるで異なる感情だった。
……生まれて初めて抱く、恥ずかしくて、目を逸したくて、いつまでもしがみつきたい、そんな感情だった。
初めて抱く感情。これが何かは、直感でわかった。
これは、恋だ。
三章終了です。過去編をダラダラ続けることをしなくて良かった!終わらなくなるから!ただ最高にカオスな章になった!
最初笠原という女は、告白した主人公をただ振っただけのキャラにするつもりだった。そして、かつて振ったことを主人公と仲が深まったヒロインに咎めさせ、笠原に主人公の悪口を言わせて。あいつはいいやつだ、とヒロインに言わせる……いわば主人公とヒロインの仲を一層深めるだけの舞台装置のつもりだった。
それを止めた理由は、DVされたり、親友がその設定だとクズになったり、ヒロインがとてもとても不憫だと思ったから。
結果、最高にこじれたぜ! どうしよう!
たくさんの評価、ブクマ、感想お待ちしております!!!