迷惑
過去編が全然終わらなそうな状況を受けて、ワイは気付いた。
小出しにして擦り続けた方がおもしろくね? と。
ということで、一旦過去編終わりです!!!
目を開けて、俺は一つため息を吐いた。随分と昔の思い出に耽ってしまった。俺は、背後にいた林の顔を確認した。林は依然、暗い顔をしている。
「すまんな。本当に」
俺にはもう、林に対して出来ることは平謝りしかない。俺はもう一度、謝罪をした。
ただ、一体何に対する謝罪なのか。俺はそれがわからなくなってきていた。林はさっき、今彼女が意気消沈している理由は、笠原と当時嫌っていた俺が付き合っていたことに対する、嫌悪感ではないと言っていた。そうであれば、今林が落ち込んでいる理由に、俺は見当がつかない。
「……山本」
「なんだ」
「……帰ろう」
意気消沈した彼女が立ち直った様子はない。だけど、林は俺に帰宅を願い出た。今の俺には彼女を立ち直らせる術がない。だからせめて、彼女の言う通りにしてあげようと思い、俺は彼女の後を歩いた。
帰宅道、林はずっと何も言わない。ずっと手に持っていたせいか、本を入れた袋が少しだけ余計に重くなった気がした。
家に帰った後も、林の調子は戻らない。
それでも林は、いつもの調子でご飯を作り始めた。香ばしい香りが部屋中に広がる一方で、俺はリビングで一人寛いでいるのも気分が悪かったので、ベランダの掃除に勤しむことにした。最近、東南アジアのスコールのような突発な大雨が吹き込んだせいで、ベランダが酷い有様だった。
当然、彼女が料理を作っている間、俺達の会話はない。リビングにあるテレビから聞こえるワイドショーのひな壇芸人の声だけが、今この部屋唯一の雑音だった。
額に汗を溜めながら、俺は溜まった葉っぱを塵取りで取ったり、物干し竿を刺すところを拭いたり、窓を拭いたり、この居た堪れない時間を食いつないだ。
ベランダから、窓を挟み、俺は林の様子を時折眺めていた。
林はやはり、なんだか暗いままだ。一体、俺と笠原の昔の関係の何が、彼女は気に入らなかったのだろうか。でも、気に入らなかったとて、普通落ち込むだろうか。もしかしたら林が今あんな状態なのは……怒りとか憤りとか、そういう感情とは別のものなのかもしれない。
ぼんやり彼女を見ていた俺は、彼女が調理していた鍋が沸騰していること。そして、心ここにあらずな林が、それに気付いていないことに気がついた。
「林、鍋」
「えっ? ……あつっ」
慌てて声をかけるが、遅かった。
おぼろげな意識で鍋の中を菜箸で撹拌していた林は、手に熱湯の泡が当たり身をのけぞらせた。左手に持っていた鍋蓋が、カランコロンと床に転がった。
「大丈夫か」
慌てて俺はサンダルを脱いで林に駆け寄った。コンロの火を止めて、彼女の手を掴んだ。林の右手の人差し指の先が、赤くなっていた。どうやらやけどしたらしい。
「とりあえず、水で冷やせ」
林を起こした俺は、彼女の指をシンクに運び、水を流した。冷たい水に、林は一瞬顔を歪めたが、まもなく少し落ち着いたようだった。
「……ごめん」
「別に。調理を一人に任せた俺にも責任がある。悪かったな」
「……あたし、駄目駄目だ」
「お前らしくもないことを言うな。全然、似合わんぞ」
「……あたしは別に、強くない」
しばらくの沈黙。水道水が流れる音だけが、辺りに響く。確かに林のことを以前俺は、意外とハートが弱い人だと思ったことがある。だけど、それを自罰的に言う彼女の姿は、いつも以上に弱々しく見えて仕方がない。
「……本当、自分で自分が嫌になるよ。何も出来ない自分が……嫌になるよ」
「いつになく弱々しいことを言うな。嫌なことでもあったか」
敢えてはぐらかすような言い方をしたが、林は苦笑する様子もない。どうやら相当深刻な状態みたいだ。
しばらく彼女の手を水道水に当てている内に、未だに俺は自分が彼女の手首を握ったままだったことに気がついた。さすがにもう、俺の補助なんかなくても患部は冷やせる。
俺は彼女から一歩離れた。彼女が手を冷やす間に、ワセリンでも準備をしておこうと思った。
「ごめんね、迷惑ばかりかけて」
「気にするな。人は一人じゃ生きてけないもんだ」
「……でもあたしは、ずっとあんたに迷惑をかけっぱなしだ」
「そういう時間軸で話すなら、俺だって散々お前に迷惑をかけているだろう。だから気にするな」
「……ねえ、山本」
「何だ?」
「あたし、この部屋……やっぱり出ていった方がいいかな?」
俺はワセリンを手に取り、顔をゆっくりと林に向けた。
日間ジャンル別一位、ありがとうございます。
数日に渡り一位をキープさせてもらったことは初めてで、皆さんの激励と応援、とても励みになっています。
これからも一日二話投稿をキープ出来るよう、頑張ります!!!(本日五話目)