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今はもう昔の話②

「灯里、進路どうするか決めた?」


「うん。お嫁さんかな。メグはどう?」


「うーん。まあ親の言い付け通りなら大学進学なんだろうけど、正直、嫌」


「そっかー。親のしがらみは大変だよね。わかるよ。あたしも昨日親に言われたもん。灯里、帰って来たらまずはうがいと手洗いをしなさいって」


「それはちゃんとしなよ」


 休み時間。

 教室の隅から笑い声が聞こえてくる。話しているのは、今ではすっかり打ち解けた林と、笠原。何度も何度も思ったことだが、高校二年で同じクラスになって以降、あの二人はずっと仲が良かった。それは、彼女達と仲が特段良くない俺でさえ認知出来るレベルのものだった。


 一年最初の座席では林と席が近くなってしまったが、あれ以降、俺と林の席が接近したことはほぼない。奇跡的なくらい、俺達の席はほぼ対角に位置するようになっていた。とても好都合な座席配置だと当時はよく思った。これなら林に、余計なガン飛ばしや怒声を浴びる心配もないからだ。

 ただ、そんな遠くの座席で休み時間の度にだべる二人の姿は、どうしてか視界の隅によく写った。


 ただその日は……笠原が、関根という先輩に振られた翌日の休み時間は、いつもと違って意識して彼女を視界に捉えていたと思う。

 林と喋る笠原は、いつも笑顔で、おっとりとした口調で、物腰が柔らかくて。今日も、いつもと同様の調子で林と話していた。

 昨日の放課後、あんなことがあったというのに、いつも通りの生活を笠原は送っていた。


 昨日は結局、笠原が振られた事実を伝えてきて以降は、禄な言葉を俺達が交わすことはなかった。俺としても彼女になんて言葉をかけて良いかわからなかったし、意外と強かに、平気そうな顔をしている彼女を見ると、労いだとか奮起の言葉をかける気にもならなかった。まあ、当時の俺は今以上に捻くれていたし、そうじゃなくてもそんな言葉はかけなかったかもしれないが……。


 ともかくその時は、きっとあんな現場に鉢合わせたものの、あれ以上笠原と関係が深まることなんてないと思って疑っていなかった。


 転機は、その日の放課後に訪れた。

 ゴミ捨て当番のない日の放課後は、俺はいつもクラス内でも真っ先に帰路に着く。この時の俺は筋トレに嵌っていて、学校終わりに親からもらった金でジムに通っていた。そうして一汗流して家に帰るのがお決まりの流れだった。部活には入らなかった。何故なら、集団行動が苦手だから。


 その日も、俺は気持ち良い汗を流して帰路に着く。

 俺の通っていたジムは家よりも学校に近いジム。そのジムから家に帰るのは、電車に三駅分くらい揺られる必要がある。

 駅にたどり着いた俺は、次の電車を待った。田舎の電車は三十分おきに来ることなんてざらで、タイミングが悪かったせいもあるが、俺はこれからしばらく駅で暇を潰さないといけない羽目になったのだ。


 夜の田舎の駅は、声がよく響く。人もいなけりゃ障害物になる建物も禄にないから、まあ当然だ。

 スマホを弄って暇を潰していた俺だったが、改札の方から聞き覚えのある声がして顔を上げた。


「じゃあね」


「うん。また」


 改札の向こう、駅舎の入り口に幾人かの見知った顔。そこにいたのは、林や笠原含めた五人くらいの女子達だった。そして、笠原は林含めた面子に手を振って別れを告げていた。どうやらあの連中の中で電車通学をしているのは、笠原のみらしかった。

 微笑み手を振る笠原を見送る林達。しばらくして林達の声が遠くなった後、笠原は改札を通った。


 改札からホームの方へは、渡り廊下を渡ってくる必要がある。だからこそ、俺がいるホームから改札前でたむろっていた連中の姿が見えたのだが、あまりにぼんやり笠原を見ていたせいで、改札を過ぎた彼女と目があった。


 やばい。

 何がやばいのか、それはわからない。

 だけど俺は、居た堪れない気持ちになって、スマホに再び視線を落としたのだ。


 もう、笠原は渡り廊下を渡ってホームに来ただろうか?

 確認する動作もしないし、その気もない。ただ、変な人に思われていなければいいな、とそれくらいのことを考えていた。


「帰り、遅いんだね」


「ぎゃっ!」


 スマホを見るのに夢中になっていた俺の隣から声がして、俺は変な悲鳴を上げてしまった。ぽろりと手から、スマホがこぼれた。


「うわわっ。……あー。良かった。画面は大丈夫みたい」


 俺がスマホを落とした遠因であり、俺のスマホを拾ってくれた笠原は、笑顔でスマホを俺に渡してきた。


「ありがとう」


 俺は素直に感謝の弁を述べた。日頃は捻くれたことしか言えないが、さすがの俺も感謝も禄に言えない程人間が腐っているわけではない。


「すまないな、取り乱して」


「ううん。気にしてないよ」


 しばらくの無言。正直、気まずい。

 俺は思考を巡らせていた。一体どうして、笠原は今、俺なんかに話しかけてきたのか。


 ……あ、俺が改札を過ぎたあいつを見ていたからか。


「悪かったな、気持ちの悪い思いをさせて」


 俺は謝罪した。笠原がここに来た理由、それは俺を咎めるためだと高を括ったのだ。


「え?」


 しかし、どうやらあては外れたようだ。

 しばらく俺達は、また無言になり、見つめ合っていた。


「……えっと、あたしはただ、電車来るまで暇だから話し相手になってもらおうかなって思っただけだよ?」


「そうですか」


「うん。……迷惑だった?」


「まあまあ」


「そっか。まあまあか」


 ……カーストの低い俺なんかと彼女が話しているところを見られたら、彼女の立場が失墜する、だなんてしょうもない話もあり得るわけで。余計な恨みを買いたくない俺は、色々加味して拒絶反応を示したのだが、笠原は意に介した様子はない。だったら聞くなとその時ばかりは思った。


「それで、こんな時間までどうしたの?」


「ジム行ってた」


「あっ、パブロってカフェの隣のジム?」


「そうだ」


「へー、山本君、なんかスポーツしてるんだ?」


「いや別に。ただ最近、筋トレに凝っているだけだ」


「へー、ねえ、二の腕触ってみてもいい?」


「……ふっ」


「あ、もしかして嫌だった?」


「まさか。承認欲求を満たすため、他人に触れられるこの時を待っていたと言っても過言ではない」


 友達の少ない俺が筋トレに嵌った理由。それは、自己鍛錬のためでもあるが何より、若干矛盾しているが承認欲求を満たすためと言っても過言ではない。部屋の姿鏡の前でポージングを取りながら度々思っていた。


 誰か褒めて!!! と。


「わー、固いかたーい」


 嬉しそうに、笠原が俺の右腕の二の腕を触りながら言っていた。そういう反応をしてくれると、内面が不思議と満たされていくのだからたまらない。


「……ありがとう。笠原」


「え、何が?」


「家族は言うんだ。あんたは凝り性だから、筋トレなんてしたら体に毒だと」


 まあ要は、オーバーワークになるのが目に見えているから、止めろということだ。


「お前くらいだ。俺の筋肉をキモいではなく、褒めてくれたのは」


「そっか。じゃああたし、山本君の初めてになれたんだ」


「勘違いしそうな言い方だが何も間違っていないな」


 アハハ、と笠原は笑っていた。

 しばらくして、俺は笠原の態度に違和感を再び覚えた。昨日、好意を抱いた相手に振られたにも関わらず、学校、さっきの連中との雑談、そうして今。彼女、全然失恋に対して尾を引いていないのだ。


「……お前、結構強かだな」


「そう?」


「昨日……その、あんなことがあって、よくそんなに笑えるなって」


 少しデリカシーに欠けた発言をしたと思って、俺は途中から口を重くした。いくら笠原が昨日の一件を、尾を引いていないといって、それを彼女が掘り起こされたいわけがないではないか。


「すまんな。変なことを聞いた。忘れてくれ」


「ううん。まあ……ショックだったけど、ずっと引きずっているわけにはいかないじゃない」


「……そうだよな」


 その辺が、笠原の強かさ、か。


「……でもね、まだ他の誰にも言ってないんだ」


「え?」


「昨日のこと知っているのは、君だけだよ」


 魅惑的に、笠原は微笑んでいた。


「……正直、ちょっと皆に言いづらい。だってさ、皆余計な心配するでしょ? 関根先輩のこと目の敵にする図も想像出来るしさ」


「……そうだな」


「だから……しばらく山本君、もし嫌じゃなかったらなんだけど……あたしのこと、慰めてくれない?」


「え、ヤだ」


 なんで俺無関係なのに、そんなことしないといけないの?

 思わず否定の言葉が口から漏れていた。

 高笑いしたのは、笠原だった。


「ひっどーい! ちょっとくらいいいじゃん」


「嫌だよ、面倒くさい」


「えー……山本君酷いんだ。そんなんじゃ女の子にモテないよ?」


「まあ、モテたいと思ってないしな」


「……そっか。ふふっ」


 笠原はまた笑った。見た感じ苦笑ではない。一体どこがツボだったのかはわからないが、吹き出しそうな笑いを堪えているようだった。


「……山本君、帰りはいつもこの時間なの?」


「まあな」


「そっか」


 丁度その時、駅構内に電車の到着を告げるアナウンスが流れた。


「じゃあ、明日も待ってる」


「……勝手に待ってる、と言われましても」


「構わないよ?」


「何が」


「この時間から遅れても。そうしたらあたし、ホームでずっと待ってるだけだし。翌朝まで待っているかもね」


「思ったよりパワープレイ。……わかったよ、好きにしろ」


「うんっ!」


 慰めのためか。はたまた別の感情があったかはわからない。

 だけど、この日を境に笠原は、本当に俺と一緒に帰宅をするようになったのだ。

週間ジャンル別1位ありがとうございます!

多分、初めて取ったかも。とても嬉しいです。

そして、もう1日2話投稿するだなんて設定は忘れてしもうた。作者公認非公式設定だから、1日2話投稿は。


評価、ブクマ、感想よろしくお願いします!!!

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