今はもう昔の話①
今更語る必要もないことだが、高校時代の俺は友達があまり多くなかった。いや、高校時代に限定する必要もなかった。生まれてこの方、人よりも少し捻くれた俺はあまり友達が多くない人生を過ごすことを余儀なくされた。それが嫌だと思ったことは意外とない。友達が周りにいることで、自分のしたいことが出来ない。行動が制限される。そんな思いをするくらいならいっそ、腹を割って話せるような友達さえも不要だと斜に構えて思った時だってある。
ただ、勿論そんな性格は時と場合によっては災いに転じることがあって、それが原因で苦労した回数だって最早両手を使っても数え切れない。
具体的にはそう、林との不仲だってその災いの一つに他ならない。ただ、生まれ持って頑固な性格の俺は当然、実害が生じようがその性格を改めようと思ったことはなかった。
それは確か、高校二年の冬のことだった。
俺が当時通っていた高校は、田舎であればどこにでもありそうな公立校。この学校の俺が所属するクラスでは、週に一回ゴミ捨て当番が決められ、その人達は放課後、ゴミを捨てに行かなければならないルールがある。そのゴミ捨て当番の人員は、決まって二名。ウチのクラスでは、男女が一人ずつゴミ捨てを交代で毎週こなすことになっていた。
そのゴミ捨て当番という仕事は、学生間では疎まれる仕事だった。クラスメイトの誰が捨てたかもわからないゴミを持つのさえ嫌悪を抱くような林もいたし、生ゴミの匂いを嗅ぐだけで怒り狂う林もいた。結果、クラスメイトはそんな女王様のような林に同調し、ゴミ捨て当番をサボる人もちらほら。帰りのショートホームルームで担任が怒り狂って、クラスメイトを叱ったことは月に一回くらいのペースであった。
そう言えば意外にも、あれだけ文句を言っていた林は、いつもぶつくさ言いながらもその仕事をサボることなく真面目にこなしていたのだが……それはまた別の話。
とにかく高校二年の時のウチのクラスでは、クラスメイトの間に、ゴミ捨て当番という仕事はサボっても何ら問題ない。そう思われていたって背景だけ認識してもらえれば十分だ。
そして、件の日のことだ。
その日のゴミ捨て当番は、俺と笠原。そしてかの笠原は、ゴミ捨て当番のことなど忘れてしまったのか、さっさと教室を去り、下校をしてしまったのだ。
相方の当番のサボり。意外と俺は、そのことに腹を立てたことはない。言い訳がましい言い方になるが、この時はまだ俺は、笠原に対して特別な感情は持っていなかった。口うるさい林の側にいる腰巾着。笠原のことは、林の周囲にいる彼女のよいしょ係の一人としか認識していなかった。
そんな特別な感情を持っていないのに、どうしてサボりを許せたか、と言えば、当時ゴミ捨て当番のサボりはあまりにクラス内で常態化してしまっていて、最早文句を言う方がおかしい空気が蔓延っていたからに他ならない。
ただ、笠原という少女が不真面目な人である、というイメージがそれのせいで植え付けられた。
まあぶっちゃけ、俺は友達が少ないし、他人にマイナス評価を下したところで、それが相手に不利益に被ることは滅多にない。何なら向こうは、俺が内心、向こうのことをどう思っているか、知る機会すらないだろう。
「さっさと済ますか」
俺は腰を上げて、ゴミ捨て当番の職務をこなした。生ゴミの交じる燃えるゴミ。燃えないゴミ。ペットボトルゴミ。そうして、紙ゴミ。クラスメイト三十名で一週間溜めたゴミ袋を四つも持つのは骨が折れたが、当時嵌っていた筋トレのついでと思うと不思議とやる気が漲ってきていた。
四つのゴミ袋を持ち、外にあるゴミ捨て場にゴミを運んだ。
そして、丁度ゴミ捨て場に到着する目前で、俺は一人の男子生徒とすれ違う。顔はおぼろげだが、整った顔立ちをしていた気がする。
その男子が通り過ぎた後、俺は男子の背中をしばらく眺めていた。少しの違和感を覚えたのだ。当然、学生が校舎内を歩いている光景は何ら珍しいものではない。気になったのは、まるでその男子が逃げるように、早足でその場を立ち去っていったからだった。
俺は首を傾げて、ゴミ捨て場に歩いて……そうして、ゴミ捨て場の前で立ちすくみ、俯く少女を発見した。
「……笠原」
それは、ゴミ捨て当番をサボって、先に帰宅したと思われた笠原。彼女は、哀愁を漂わせてそこに立ちすくんでいた。
「……あ、山本君」
「驚いた。お前、俺の名前認識してたんだな」
「え? ……当たり前じゃん。クラスメイトだよ?」
「クラスメイトでも、俺の名前を認識していない人は結構いるぞ」
「……そうなんだ」
笠原の漂わせる雰囲気。
そして、さっき立ち去っていった男子。
何となく俺は、彼女がゴミ捨て当番をサボった意味を、理解しかけていた。
「あ、ごめん。そう言えばあたし、今日ゴミ捨て当番だった」
「気にするな。とても良い筋トレになった。むしろ今は、一人でこれをこなせたことでの達成感の方が大きい」
「……アハハ。本当、ごめんね」
「気にするな」
俺は立ちすくむ笠原の隣を過ぎて、ゴミ捨て場にゴミを放り込んでいく。
「……山本君、さっき男子とすれ違ったりした?」
「ん? ああ、したな。逃げるように足早に歩く男子だったか」
「……あの人ね。三年生で、関根先輩って言うんだ。テニス部の部長で、関東大会にも出てて、女子から凄い人気なの」
「へー」
気のない返事をしながら、俺は内心迷っていた。尋ねていいのだろうか?
「振ったのか?」
迷った末、俺はそう尋ねた。一番は結局、下世話な話が聞きたい野次馬精神だったと思う。
……まあ、何らおかしくない光景だとは思った。
笠原も、二年の男子の間では人気な女子だ。それこそ、喧しい林以上に、人気の女子だ。美男美女のカップルだなんて、ただただお似合いではないか。
向こうもそう思って、笠原に告白して……振られて、足早に逃げた。そんなところか。
「ううん。振られたの」
しかし、笠原は予期せぬ言葉を俺に浴びせた。
俺は声も発せれず、ゆっくりと笠原の方を振り返った。
「あたし、関根先輩に振られちゃった」
今思い返せば、多分この時の会話が、俺と笠原の初めての会話だった。