林恵の夢
ヒロイン視点となります。
今でもたまに夢を見る。高校を卒業して二ヶ月後、あたしは当時大学で所属していたサークルの女友達に誘われて合コンに参加した。そういう場に参加すること自体は珍しいことではなかった。特に大学生になり上京し、親元を離れて以降は自由な時間も増えてそれは顕著になった。
そのサークルの女友達の開催する合コンに参加するのも、その日が初めてではなかった。都合三度目の彼女主催の合コン。その日、合コンに参加する女子は皆、化粧をいつもより厚くしたり、あざとい服を着たり、いつもよりも気合が入っていた。
聞けば、その日の合コンは銀行員が集う合コンだったらしく、玉の輿に乗ることを狙う女の子達は目の色を変えていたらしい。
そんなことはどうでもいいあたしは、ただの友達付き合いでそれに参加した。
合コンとかは昔から、ひっきりなしに声をかけられた。曰く、あたしが参加すると聞くだけで、相手側の方も気合を入れたメンツを揃えるのだそうだ。それでいてあたしは特別、目の色変えてがっつくなんてこともなく、呑みの場を壊すような真似をしないから、女子陣からの受けも良かった。
個人的には、結局高校時代のように体よく扱われる状況に嫌気が差していたが、仲の良い友達のいないこの地では、そんな人さえ貴重なコミュニケーション相手だったのだ。
背に腹は代えられず、あたしは合コンに参加し、そして出会う。
最初のイメージは爽やかな好青年だった。童顔で人当たりも良くて、真面目そうで……。連絡先を交換し、合コン後も会うようになり、そうして気付けば同棲が始まっていた。
一体、どこで過ちを犯したのだろう。
あいつと暮らす日の夜はとても長かった。だからあたしは自罰的な気持ちのまま、闇夜に染まる窓の外の景色を眺めていた。暗黒の世界はあたしに答えをくれない。ただ、時間だけが無常に過ぎた。
限界だった。
限界だったんだ。
コンビニに明日の朝食を買いに行け。
寝る間際だったあたしを蹴り起こして、あいつはあたしに千円札一枚を渡して外へ追い払った。ご飯以外で日用品もほしいと言ったが、あいつはあたしにそれ以上のお金は渡さなかった。日頃渡している生活費の中で賄え。それがお前の仕事だろ。あいつは言った。
世間体を気にしたのか、あたしは部屋で一度着替えをさせられた。渡された衣服は、季節に似合わない長袖のグレーのスウェットだった。
家に戻りたくないあたしは、なるべく遠くのコンビニを目指した。通り過ぎたコンビニは片手では収まりきらない。コンビニの看板の明かりが見えると、次にしよう。また明かりが見えると、次にしよう。やっとの思いで入ったコンビニ。そこであたしは更に時間をかけるべく、立ち読みをしようと思った。だけど、昔はとても好きだった雑誌が楽しめなかった。
頭の中では渦巻いていた。
今帰ったら、あたしはどうなるのだろう。少し時間をかけすぎた。また、殴られるのかな。
涙が出そうなくらい辛かったのに、涙は出なかった。
どうすればいいんだろう。
悩んでいるのに、答えは出ない。
時間は無常に過ぎていく。
あの時が懐かしい。
昔、あたしは高校時代が嫌いだった。仲の良い友達はいた。でも、あたしを貶めようと画策するそんな連中もいた。たかだか学校に通うだけで、なんでこんな嫌な思いをしなきゃならないんだ。そんなことを何度も思った。
親に相談した。学校を休みたいと。でも親はそれを許さなかった。大人になればもっと辛いことはいっぱいある。だからここは堪えるんだ。昔はそんなことを言う親が嫌いだった。
でもあの時あたしは、親の言うことが事実なんだと気がついた。
今のこの地獄のような時間をこれ以上生きるだなんて、あたしには耐えきれなかった。
それなのにあたしは、あいつの言い付け通りにあいつの明日の朝食と日用品などを買い物カゴに詰めて、レジに向かう。
買い物カゴをカウンターに置くが、恐らく奥にいる店員は中々姿を現さなかった。高校時代ならキレそうな場面だったが、今は好都合だった。
やっと出てきた店員は、あたしに一瞥もせずにレジ打ちを始めた。
ぴっぴっと無機質な音を聞きながら、あたしは気付く。
「あれ、山本?」
高校時代、あたしが最も嫌っていた男子。
偶然入店したコンビニで、あたしはそんな最悪な男と再会を果たす。
そうしてあたしは、そんな当時最も嫌っていた男に、救われてしまった。