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告白

 赤々とした夕日が眩くて、俺は目を細めていた。道はまっすぐ歩けている。動揺はなかった。

 林との間に沈黙が流れている。

 さっきまではこの沈黙の時間が心地よかった。なのに今は、頭の中でグルグルと言葉を紡いでいた。


 笠原のことが好きだったのか。

 林は今確かに、俺にそう尋ねた。


 なんと答えるべきなのか。俺は答えを模索していた。


「……だってあんた、今日絶対おかしいじゃん」


 林は、癇癪を起こした子供のように咎めるような口ぶりだった。


「あたしと灯里とで見る目が違うし、言葉だっていつもは捻くれたことばっかり言うのに今日はそれも柔和されてるし、相手を慮る発言だって出来てるし!」


 多分それは、普通の人なら誰でも出来ること。でも確かにそれは、俺基準ではおかしなこと。

 それに気付き、声を荒げる林は、一体どんな気持ちなんだろう。


「……ねえ、どうなの?」


 林は俺に、答えを求めた。

 今更思う。今日林は、俺の問いかけに対して全然答えを与えてくれなかった。その意味は、きっと今に繋がっているんだと。


 ……頭の中では思考が巡らされていた。

 林は一番嫌いな人種を薄情者だと言った。

 そんな彼女に申し訳ないが、俺は今、はぐらかすような言葉を頭の中で探していた。


 ……素直に言う決心が付いたのは、家の前最後の信号機の前。

 赤信号で足を止めた時、気付いたのだ。


 きっと……きっと、いつかばれる。隠し通すことなんて出来ない。そもそも、隠したいと思う、その気持ちだっておかしな話なのではないだろうか。

 少し、俺は混乱していたと思う。

 でも、決心が付いた時には、その選択をしたことへの後悔はなかった。


 他でもない林相手にだから、言う決心が付いたのだ。


「……高校三年の夏だったか」


 赤信号は未だ変わらない。

 林は、止まれを指示する信号の前で、顔だけ俺の方へ向けた。


「笠原に告白したんだ、俺」


 目を瞑ると今でも思い出す。

 あの日の光景。

 あの日の気持ち。

 あの日の、笠原の微笑み。


 辛い記憶でもある。

 でも、時間が経った今では、あの記憶も悪いものではない。そう思い始めていた。だからこそ俺は今、林にこの話をしようと決心したのかもしれない。


「……ごめん」


「え?」


「ごめん。振られた辛い記憶、……思い出させて」


 ……否定の言葉は出なかった。

 こういう時、どんな言葉を発するべきか、俺は人生経験が浅くてわからなかったのだ。


「……お前言ったな。今日の俺は、いつもと違ったって」


「うん」


「その時の気持ちを引きずっている。そういうわけではないんだ。言い訳じゃなくて、本当に」


 こういう時、重ね重ね言う方が嘘っぽく聞こえるのはどうしてだろう。


「……ただ、やっぱり少し意識はしたな」


「ごめん」


「お前が謝る理由がどこにある」


「……それでも、ごめん」


 今、林が落ち込んだ顔を俺に見せる理由は……。


 俺に失恋した記憶を蘇らせたことへの罪悪感か。

 大好きな親友に、俺のような悪い虫が近づいていたことへの憤りか。


 答えはわからない。


「高校時代のお前からは聞けなさそうな言葉を聞いた」


 ただ、俺は笑った。

 他者から女王様だなんて呼ばれていた少女が、平民である俺達の恋事情を聞き落ち込むその様は、あまりに似合わないと思ったんだ。


「……あんた、実は結構強かだよね」


「お前は逆に、意外とメンタル弱いよな」


 ドメスティック・バイオレンスされている恋人に執着しかけたり、こうして落ち込んだり、女王様と呼ばれた林という女子は、その他称とは裏腹にあまり心が強くないと知った。

 今更、知った。

 高校時代は三年間、俺達は同じクラスだったのに。勉学を共にしたのに。

 俺がそれを知ったのは高校卒業後、彼女と再会を果たして、わずか一ヶ月での出来事だった。


 勘違いしないで欲しいのは、俺は今、その事実に対して勿体ないだとか、後悔だとかを覚えたわけではない。

 長い人生、こうして一つのことで思い悩み、後悔をする。そんなことで足を止める方が勿体ないと俺は思う。

 ……つまり。


「マインドを変える」


 林は呟いた。


「あんたのその言葉って、灯里との関係があったから出てきた言葉なの?」


「どうだと思う?」


「……いいから答えなさいよ」


 信号が青に変わり、俺は先んじて歩き出した。

 そうして、未だ立ち止まる林の方を振り返り、微笑んだ。


「全然違う」


 挑発的に微笑みと、林はまもなく歩き出した。落ち込んでいたさっきとは違い、その顔には子供のような無邪気な笑みを貼り付けていた。


「生意気っ! 灯里に振られた分際でっ!」


「もう昔の話だし! ノーカンだし!」


「あーっ! ちゃんと受け止めなさいよ、振られた事実を! そうしないと可愛い彼女出来ないわよ!」


「うっさいやい。彼女なんて今、俺は求めてないし」


「……全然、求めてないの?」


「ん?」


「……ねえ、山本?」


 林は、微笑んでいた。しかしその微笑みは、どこか痛々しい。


「灯里のこと……まだ、好き?」


 俺は言葉を失った。

 少し、考えた。

 そうして気付いたら、苦笑していたんだ。


「……わからんっ」


 自分のことだと言うのに。

 自分の気持ちだと言うのに。


 俺は今、自分が自分でわからなかった。


「そっか」


 林は、優しく微笑んでいた。

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