たこ焼きパーティー
笠原の部屋に入ると、俺の部屋とは違って少し甘い香りがしたような気がした。少しだけおかしな気分になったが、ここで過ちを犯せば林の元恋人の悪口を言えなくなるので、俺はしおらしくリビングの部屋の隅に腰を落とした。
笠原の部屋に対する感想はなかった。何の感想も抱かないように、無心になることに必死だった。
「あんた、なんでそんな隅にいるの?」
「俺のことは気にするな」
今、俺は壁と同化してるのだ。壁に声をかける人はいないだろう。だから、俺のことは気にするな。つまり、俺のことは気にするな。
「また変なことしてる」
「変なこととはなんだ。変なこととは」
「アハハ。高校の時から、山本君の奇行は珍しくなかったもんね」
「えっ、そう思われてたの?」
軽くショック。
項垂れる俺を睨んでいたのは、林だった。
「……何だよ」
「別に」
林はそう言って、部屋の隅で丸まる俺を放って、笠原のいるキッチンの方へ歩いた。しばらく二人は、イチャコラたこ焼きの調理を楽しんでいた。
そうして、小さめの机にたこ焼き器と具材が並べられた。
「すまんな、調理の手伝いもせずに一人隅で丸まっていて」
「いいよ。あたしもメグと二人で楽しかったもん」
「……まあ、日頃お世話になってるし」
「うわはあ、メグったらツンデレ」
「あ?」
「きゃー、メグに睨まれちゃった」
笠原のノーダメージアピール。なんだろう。アピールと言わず、本当にノーダメージのようにも見える。
「……色々具材があるんだな」
定番のたこに、ウインナーに、たくあんに、きゅうりまで、机にはたくさんの具材が並べられていた。
「これ、たこ焼きにいれるのか?」
「そうだよ。今山本君、たこ入れなきゃたこ焼きじゃないじゃんって思ったでしょ」
「うん」
「アハハ。素直。……逆に思わない? 衣で具材がわからないから、何を食べるかは直前までわからないの楽しそうって」
「……あー、うん。どうだろう」
「はっきり言いなよ。あんた食べ物で遊ぶの好きなタイプじゃないでしょ」
林が俺を咎めるように言った。
「お前もそういうの、嫌いそうだよな」
「うん、まあね。……灯里とあんたとじゃなきゃ、絶対やってない」
「……メグ」
泣かせるなよ、この野郎。
一時はドメスティック・バイオレンスで酷く辛い目に遭った林が、俺達を頼ってくれている。笠原同様、俺も目頭が少し熱かった。
「……高校時代からでは聞けなそうな言葉を聞いた」
俺は言った。
かつて彼女は俺のことを嫌っていた。そんな彼女に、そんな風に思われるようになって嬉しかった。そういう意味を込めて言った。とてもそうは聞こえなかったのは、俺の性格が捻じ曲がっているからに他ならない。
「……何だよ」
いつも通りの斜に構えた発言だったが、今日の林はそれに呆れるでもなく、茶化すのでもなく、俺を睨むのだった。
「別に」
林はやはり、答えをくれない。
「さ、じゃあたこ焼きパーティー始めましょうか」
笠原が気を取り直すかのように手を叩いて、俺達のたこ焼きパーティーは始まった。
食べ物で遊ぶこと。それは林の言う通り、俺は特段好きではない。ただ、具材をとっかえひっかえしても最低限の味は保証されているし、これは別にそういうもんだと思えば許容出来なさそうなこともなさそうだ。
……唯一、今俺が許容出来なさそうなことがあるとすれば。
「はい。あーん」
「あーん」
たこ焼きパーティーが始まってしばらく、笠原は本当に、林にたこ焼きを食べさせてもらっていた。冗談だと思っていたから、俺は絶句した。引いたのではない。絶句だ。
「見せもんじゃないよ」
「じゃあ俺の前でやんなよ」
「まあまあ。妬いてたんでしょ? 山本君」
いやそれはない。
平然と返そうと思ったが、返す間もなく行動に出た人がいた。
それは、笠原だ。
「はい」
「……はい?」
笠原の指が摘まむつまようじに刺してあるたこ焼き。
何故かそのたこ焼きは今、俺の目の前にあった。
「あーん」
「……いや、しないから」
「あーん」
……これは仕方がない。だってこれ、食べないと空気読めないと思われるやつじゃん。さっきから林の眼光も無駄に鋭いし。
パクリ。
口内に、衣にかかったソースと、チーズの味が広がった。普通に旨い。
「……何だよ」
「別に」
林の眼光が痛いから尋ねたが、相変わらず彼女は俺に答えを与えてくれるつもりはないらしい。