来客
夏休み終盤のある日、俺と林が一緒に暮らすこの部屋のチャイムが響いた。
「はーい」
林は、声を上げて玄関の方に向かった。そんな林を目で追うこともなく、一人リビングで腰を落としたままそわそわしていたのは俺。
この部屋のチャイムが鳴らされる機会はあまり多くない。強いて言えば、宗教の勧誘とか、宅配便の受け取りだとか、その程度。
ただ、今この部屋のチャイムを鳴らした人はそれらの人とは異なる。
本来、部屋のチャイムは突発的に鳴らされるもので、そんなことわかりそうもないことなのに、俺はそれを確信していた。何故なら事前に、俺は今日この部屋に訪問してくる予定になっている人を、林に聞かされていたからだ。
今日、我が家には一人の来客が訪れる予定だった。その来客とは、この部屋を借りている俺ではなく、居候の林の友達。
彼女の顔はとても広い。ただ、林から聞かされたその来客というのは、俺も知っている人だった。
つまり、高校時代、俺と林と、同じ学校に通っていたそんな人だ。
「メグ、心配してたんだよ?」
玄関の方から、甲高い聞き馴染みのある声がした。
その声を聞き、俺はドキリと心臓を飛び跳ねさせた。
「ちょっと灯里、いきなり抱き着くな」
「仕方ないじゃない。本当に心配してたんだから」
リビングで一人、聞く耳を立てる俺の今の姿は、客観的に見たら中々怪しそうだ。
まあそんなことは置いておいて、今日我が家にやってきた来客とは、林の高校時代の一番の友だちである灯里こと、笠原灯里だった。
「メグ、メグ〜」
「きゃっ、ちょっと灯里! くすぐったい!」
玄関の方では、笠原の嬉しそうな声が相変わらず聞こえてくる。そして同じくらい、鬱陶しそうな林の声も聞こえてくる。
彼女達の出会いは、俺達が高校二年生の頃だった。俺、林は三年間同じクラスで生活を共にする間柄だったのだが、笠原もまた、二年と三年の時、俺達と同じクラスで勉学を共にした。
つまるところ、笠原と林は高校時代、親友関係だった。それこそ、クラス内でも類を見ないくらい親密に、彼女達は毎日毎日よくつるんでいたのだ。
……狼狽えている林には悪いが、高校卒業後に半年近くもそんな親友と連絡が絶たれていたのだから、再会を喜ぶなって方が無理な話だと俺は思う。
「……あ、灯里。さすがにここだと、近所の目もあるから。とりあえず部屋に入ろう?」
「え? ……どうしよっかな〜?」
「何さ、その態度」
「え〜別に〜? ただ、あたしすっごい心配してたんだけどなあ」
「だから、それはごめんって」
「謝るんだ。じゃあメグは、あたしに悪いことしたと思っているんだね?」
「……そうだね」
「悪いことしたと思うならちょっとくらい、あたしのワガママ、聞いてくれるよね?」
何話してんだ、あいつら?
何だか怪しい会話をする二人のいる玄関の方を、俺は思わず振り返っていた。
高校時代は知らなかったが、意外と笠原は、林相手にも臆せずものを言える人間だったらしい。笠原が林とよく一緒にいるのは、林の威光にあやかりたいからだと思っていたから少し意外だ。
良かったな、林。そこまで大切に思ってくれている友達が、側にいてくれて。
「……何が望み?」
「……抱きしめて」
「人んちの玄関先で止めてもらえますっ!?」
お熱い雰囲気を醸す玄関先に、俺は思わず叫んだ。
しまった。
俺もまた、笠原と再会するのは高校の卒業式の日以来。本当はもっと、穏便な再会をしたかった。いやまあこれは、彼女が悪い。よりにもよってなんで俺んちの玄関先で、そんなことをしようと思ったのか。
堪えきれなくなったのか(疑問)?
……堪えきれなくなったのか(納得)。
さっきまでイチャコラしていた玄関先が、途端に静かになった。
まもなく聞こえてきたのは、靴を脱ぐ音と、足音。
「お久しぶり、山本君」
まもなくリビングに来た笠原は、さっきまでの自らの痴態などなかったかのように、あっけらかんと俺に言った。
「……うん。久しぶり」
こうして、俺と林と笠原は、無事再会を果たすのだった。




