子供のよう
しばらく電車に揺られて、俺達は目的地に到着した。ターミナル駅である件の駅は、平日とはいえたくさんの客でごった返していた。
俺はこう見えて……いやどう見ても、人の多いところが嫌いだ。特にこういう人波は大嫌いだ。皆が皆、整列しまっすぐ行進していくなら構わない。ただこの手の人波は大抵、皆が皆自分の進みたい方向に強引に進んでいこうとする。結果、人数以上に歩く上での障害物や歩き方にも変化が求められ、それが酷くストレスなのだ。ああ、本当苛つく!
「……あんた、今凄い顔してるよ?」
「どんな顔だ?」
「アホ面」
どうやら俺のキレ顔は、林から見たらアホ面に見えるらしい。俺はゆっくりと、顔を元に戻した。
それからもしばらく俺達は歩を進めた。
「林。まずどこに行くんだ?」
「お昼食べようよ」
「まだちょっと早くない?」
時刻は十一時少し前。
「早いくらいが丁度良いよ。お昼時になると皆並びだして混んじゃうから」
「なるほど。お前頭良いな」
「はい。じゃあ行くよ」
心から褒めたというのに、林は華麗に俺の言葉を受け流した。彼女の後に続き、俺も歩く。駅舎内を抜けて、ビルの中を通り、少し歩いた先にあるビルの中に再び入った。このビルのレストラン階に、牛タン屋はあるらしい。
林の予想通り、この時間帯のお店はまだそこまで混んでいる様子はない。少しだけ待たされたが、俺達は入店を促された。
小綺麗な店内のボックス席に通され、俺達は二人でメニューを見合った。
「俺、これにしようかな」
「それ? こっちの方が色々種類あるけど? 食べ比べとかも出来るよ?」
「オカン」
「オカンは止めて。で、どうするの?」
「じゃあ、それにしようかな」
「ふうん。……あっ、大盛り無料だって。食べ盛りなんだし、そっちのが良いよね?」
「そうだね、オカン」
「すみませーん」
遂に林は、俺のオカン呼びを受け入れた。……か、もしくは無視しただけか。
まあ俺も弁解させてもらうのならば、茶化す気持ちだけで林のことをオカンと言ったわけではない。満足度を増させるため、多種類の商品を進めたり、大盛り無料を勧めたり、その献身的な姿はやはり、オカンを彷彿とさせたのだ。
まあ俺の親は、俺にそこまで過干渉になることはなかったのだが。ある意味林の方が、俺の親より親をしている。そんな気さえしてくる。
林は呼び止めた店員に、二人分のメニューを伝えた。
そう言えば、こういう時は男として、俺が店員にメニューを伝えた方が良かったのではないだろうか。
……ま、もう店員去っていってしまったし、いいか。
店員が去った後、俺達は会話を楽しんだ。ものの十分くらいで、目当ての牛タン達はやってきた。
「いただきます」
「頂きます」
「……旨い」
「本当だね」
食事時の私語は、行儀が悪いと林に文句を言われたから、最低限の言葉しか交わさない。ちなみに実家でも俺は食事時に家族とはあまり会話をしなかった。禁止されていたわけではない。皆テレビとかに夢中になって、家族と会話をする時間を取ろうとしなかったのだ。一見すると冷ややかな家庭に見えるが、ただ当人の立場的には居心地も悪くないし、悪いもんでもなかった。
「……ふふっ」
「何?」
「なんでもない」
しばらくして、林は俺の顔を見て笑いだした。その理由は教えてくれなかった。さっきの弄りへの報復か。それはわからないが、歯に海苔とか付いてないよな、と俺は探った。しかし、そんな様子は微塵もない。
一体、俺は今、どうして彼女に笑われたのか。
わからないが、気にしてもしょうがないしご飯に集中することにした。こんなに美味しい牛たんを食べているというのに、他所事にうつつを抜かすのは勿体ないってもんだ。
「……旨い」
牛たんととろろご飯を食べ終えて、俺達は店を後にした。次に向かった先は、駅地下。そこにはたくさんの店が並び、お目当ての店は雑貨屋だった。
「……ほう。こりゃ便利そうだ」
当初の予定通り、俺は掃除用具を見ていた。林は俺の背後にいる。気配でわかる。
「……あんたさ」
掃除用具に目を輝かせている時、背後にいた林から声をかけられた。
「あ、ごめん。忘れてた。……お前、行きたい場所決まったか?」
「ううん。まだ」
「そっか……」
「……あんたさ、意外とすぐ顔に出るよね」
「何が?」
「気持ちが」
気持ちが顔に出る。それはつまり、ポーカーフェイスが出来ていないってことだろうか。
「少し意外。あんたっていつも斜に構えているから、顔でそんな筒抜けなの、おかしいの」
クスクス、と林は笑いだして、俺はようやく気付いた。
駅で俺の顔をアホ面と言ったり、牛たん屋で俺を見て笑ったり、今だったり……。林はどうやら、俺の顔を見て可笑しくて、笑っているようだ。
……それ、人によってはいじめだぞ? 俺以外には止めておけよ?
「そんなに面白がってもらえたのなら結構だ」
「あーもう、拗ねないでよ」
「拗ねてない」
「拗ねてる。本当、子供みたい」
……子供みたいで悪かったな。声には出さなかった。声に出して文句を言うことが、子供っぽく思えたからだ。
「……まっ、子供っぽいのはあたしも変わらないよ」
「そうなのか?」
「うん」
林は、どこか儚げに頷いた。
「本当は、あんたの部屋を去りたくない。あたしは内心、そう思っているの」
「……え?」
「駄々こねる子供みたいっしょ? そんなこと思っているだなんて」
そんなことはない。
そう思ったが、これも声には出せなかった。もしそれを言ったらどうなるか。頭の中ではそんなことばかり考えていて、口を動かすことさえ出来なかった。
「大丈夫。安心して。これ以上、あんたには迷惑かけないから」
……どうなるのだろう。
「だから、ありがとう。本当に今回は助かったよ」
もし今、彼女に残っても構わない。そう言ったら、どうなるのだろうか?
「……湿っぽい話になっちゃったね。ごめん。……行こうか。何か買う?」
「いいや、大丈夫だ」
俺達は雑貨屋を後にした。入店して二十分くらいの物色。結局俺達の買ったものは、何一つとしてなかった。