絶景
パノラマ台駅周辺の売店を出た俺達は、周囲を散策するべく移動を開始した。
「おいしー!」
林は売店で買ったフランクフルトを食べながらの移動となった。
食べ終わるまで待つと言ったのだが、売店の前にいるといくらでも食べてしまうということで構わず移動を開始した。
ロープウェイ駅から歩いて五分。
俺達は展望台に到着した。
「なんだか少し危ない場所にあるな」
「でも、見晴らしはすごい綺麗だよ!」
ここの展望台は、インバウンドで外国人観光客が来ることを想定していないのか、柵だったりの囲いが特になかった。
しかし、林の言う通り、展望台から見える甲府盆地や山の景色はとても絶景だった。
「山本! あれ、富士山!」
「そうだな」
展望台からまっすぐ見た先にある山を指さし、林は興奮気味に叫んだ。
一応言っておくと、方角的にも、ここから見える山の形状的にも、林が今、指さして叫んだ山は……富士山、ではない。
訂正が面倒くさかったので否定をしなかった。
……こいつ、中退ながら大学へ入学は出来たはずだよな?
いつもの方向音痴が原因で間違えたのだろうか?
いやはや、ここまで来ると、方向音痴に失礼だ。
まあ、とりあえず、義務教育の敗北ということでここは済ませておこうと思った。
そんな疑問と林に対する不安を抱きつつ、俺達はしばらく展望台で絶景をぼんやりと眺めた。
「行くか」
「うん」
次に目指したのは、弥三郎岳という場所。
スマホで調べた感じ、どうやらここも絶景が拝めるらしい。
「うひゃあ、すごい道」
「だな。足元気を付けろよ」
木の根が露になった道を、足元に注意しながら俺達は歩いた。
五分後、俺達は階段状に掘られた大岩を見つけた。この階段を昇った先が、どうやら弥三郎丘のようだ。
「……ここ昇るの?」
「みたいだな」
「松の木が道を塞いでるけど」
「大袈裟な表現だな。ちょっと……昇った時に接触するくらいだろ」
「それが嫌だって言ってんだけど!?」
そういう割に、林は心の底から嫌がっている様子ではない。
まだギリ旅の高揚が勝っているようだ。
「ん」
そんな林に、俺は手を差し伸べた。
「え」
林は何故か、俺の右手を凝視したまま、頬を赤くした。
「フランクフルトの棒、寄越せ。邪魔だろ」
「……ちっ」
……ふむ。
どうやら俺の好意は失策だったらしい。
松の木に触れながら岩に掘られた急斜面の階段を昇るのはギリ許せた林が、わかりやすく舌打ちをしたことからも、それは明白だ。
「ん」
色々と言葉を飲み込んだ様子の林は、手にしていたフランクフルトの棒を俺の右手に押し付けてきた。
鞄からレジ袋を取り出して、俺はフランクフルトの棒をそこに仕舞った。
……多分、ロープウェイ駅にゴミ箱くらいあるだろうと思っていた。
「あいたた……」
松の木と、背後にいる林の刺さるような視線に攻撃されながら、俺は階段を昇った。
そして、昇り切った先の景色は……確かに、かなりの絶景だった。
「……林見てみろ。絶景だ。オーシャンビューだ」
「オーシャンビューではないでしょ」
そうだな。
しかし、そんな意味不明な冗談を言いたくなるくらい、眼前に広がる光景は絶景だった。
「……ま、旅の始まりに来るには良い場所だったかもね」
絶景を見て少しだけ気晴らし出来たのか、林はそんなことを言っていた。
「よし、そろそろ戻るか」
「うん」
「次はついに仙娥滝だな。あっちはこっち以上に絶景だぞ」
「あんた、なんとか滝に行ったことあるの?」
「ない」
「その割に行ったことがあるみたいに語るじゃん」
林は呆れたように笑っていた。
ひとしきり笑ったところで、俺達はロープウェイ駅に戻ることにした。
「ん」
岩から降りる前、俺は林に右手を差し伸べた。
「え」
林は驚いた顔をした。……そして、目を細めた。
「今後は何も持ってないけど?」
そして、呆れ顔を作った。
「あんた、あたしがそこまで食い意地張ってるように見えるの? はー、まったく失礼しちゃう」
……まあまあ食い意地張ってるだろ、何言ってんだ、こいつ。
「手」
「え」
「手だよ、手。足滑らせて転んだら大変だろ」
……林は俺の言葉がわかっていないのか、小首を傾げた。
そして、俺の右手を見て。今度は顔を見て……また、右手を見て。
「うんっ!」
パーっと顔を晴れさせて、林は俺の右手を鷲掴みにした。
……手を握らせた後に思ったが、これ、なんだか気恥ずかしいな。
……右手なんて、差し出さなければ良かったな。
と、思ったが……何故だか林の機嫌も直ったし、結果オーライか。
それにしてもこの女の機嫌は、山の天気みたいに変わりやすい。
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