足湯
「すぴー」
さっきまでは眠るのを我慢していた林だったが、新宿駅に到着し、特急電車に乗り換えたタイミングで結局眠ってしまった。
電車は、最初は東京都心の中心部をノロノロと走り、八王子を過ぎたあたりでスピードアップ。
高速道路と並走したと思ったら、トンネルに入り、しばらくはスマホの電波さえ中々入らない状態だった。
「うおお」
しばらくして、山梨の有名観光地である勝沼ぶどう郷が見えた。
山の中腹から見下ろす形で見る甲府市街は、観光ブックでの絶賛に違わぬ絶景を拝ませてくれた。
「おい林。林起きろ」
「……すぴー」
「絶景だぞ。旅の醍醐味だぞ」
「すぴぴー」
素晴らしい景色を、今日の旅の相方にも見てもらいたかったのだが、彼女の眠りは深い。
この女は相変わらず、なんというか……ツキがない。
電車は山を旋回するように下っていき、塩山、山梨市と停車。
『まもなく石和温泉』
車内アナウンスが聞こえた頃には、外の景色は温泉旅館らしき建物と葡萄畑、民家だけとなっていた。
「林、着いたぞ」
「……すぴー」
「いい加減起きろー」
「…………んあっ」
林は目を覚ました。
「ここどこ? 家?」
眠そうに目を擦る林は、頓珍漢なことをほざいていた。
「そうそう、家だよ家」
「……そっかー。家かー」
「じゃあ、そろそろ電車降りるから覚醒してくれるか?」
「わかったー」
林がおおあくびをかましたタイミングで、もう一度車内アナウンスが流れた。
電車はゆっくりと減速を始めていく。
「んー!」
凝り固まった体をほぐすように、林は立ち上がって背筋を伸ばしていた。
そういう姿勢をすると、胸の谷間が強調されて、視線に困るからやめてほしい限りだ。
「降りるぞ」
「はーい」
車窓の景色に、駅舎が見えたタイミングで、俺達は座席から離れて、出口へと向かった。
出口と車両が繋がる自動ドアの前には長蛇の列。
どうやら石和温泉で下車する客は結構いるようだ。
「着いたー」
電車を降りた林は、声をあげた。
さっきは家に着いたとか意味不明なことを言っていたが、すっかり目は覚めたようだ。
「いやー、結構遠かったねー」
「そうだな」
お前、大半の移動時間は結局寝ていたけどな。
「いやー、なんだかテーマパークに来たみたいでテンション上がるねぇ」
「そうだな」
ひと眠りしたおかげか、林はすっかりハイテンションだ。
「とりあえず駅から出ようぜ」
「うん」
俺達は駅ホームを進み、階段を昇って、改札を過ぎた。
「こっち?」
「そっちは北口だから逆だな」
ストリートビューを見てみたが……どうやら石和温泉駅の北口は、ここ数年に出来たわりかし新しい出口のようだ。
ただ、そちら側は駐車スペースがあるくらいで、目立つ施設は特にない。強いて言えば、駅から徒歩十分程の場所にパチンコ屋があるくらいか。
俺達は南口のノロノロとしたエスカレーターを下った。
南口に降りて真っ先に目に入ったのは、老舗と思われるお土産屋。
「山本山本! あれ! あれあれ! お土産屋だよ!」
案の定、林が食いついた。
「何買っていこう!?」
「そうだな、何を買おうか。とりあえず、お土産を買うのは帰りな」
「えー」
「なんでそこで項垂れるんだ?」
「……旅館でも色々食べたいお菓子あるのに」
知らんがな。
「わかったわかった。じゃあ寄って行こうな」
「うん」
林は大層嬉しそうに微笑んだ。
……眩いくらいの笑顔を見せられると、正しい選択をした気がしてきて仕方がない。
「あ」
とりあえずレンタカーを借りに行こうと思ったら、林がまた声をあげた。
「今度は何だ?」
「あれ」
「あれ?」
林が見つけたものは……。
「……足湯か?」
「そうだよ。看板もある」
林が指さした先を見たら、青色の看板に足湯の文字が見て取れた。
「よし」
「なんだ?」
「行こう」
「そう言うと思った」
さっきまでグーグー寝ていた癖に、たった数分でこのテンション差。
……これが、陽キャ、か。
「行くか」
ともあれ、別に断る理由もなく、俺達は足湯へ向かった。
足湯の利用客は、俺達以外にも二人いた。
「あはは。あつーい」
いつの間にか靴と靴下を脱いでいた林は、一足先に足湯に浸かっていた。
「本当だな」
遅れて、俺も足を浸けた。
……この温泉の効能はどんなんなのだろう。
……なごむ。
「うふふ」
向かいに座っていたご年配の足湯利用者が、俺達を見ながら微笑んでいた。
「お兄さん達も旅行でここへ?」
「あ、はい」
「そう。素敵ねぇ」
「えへへ。そうですかね?」
いつもは初対面の相手にもとりあえず鋭い眼光を見せる林が、ほんわかと返事をした。
……凄いな、この足湯の効能は。
怒りっぽい人の感情を鎮める効果があるのか。
……このお湯、持ち帰るか?
「えぇ、素敵だわぁ」
「ありがとうございます」
「いいわねぇ。カップルで温泉街を旅行なんて」
……どうやら変な誤解をさせてしまったらしい。
いや、変な誤解ではない……のか?
若い男女が、温泉街を旅行なんて……カップルで来たとしか普通は思えない。
ともあれだ。
林、とりあえず否定の言葉をかましておけ。
お前にはお前のプライドがあるはずだからな。
俺なんかと恋人だと思われる、お前も嫌だろう?
「……ありがとうございます」
しかし、林は否定の言葉を口にしなかった。
なんだか少し気恥ずかしそうに、微笑んでそう応えていた。
石和温泉をチョイスした理由は、私の慣れ親しんだ土地なのと、ワインを飲ませてどっちかをべろんべろんにさせてやろうと思ったためだった。
しかしっ!
そういえばこの人たち、未成年だった……!




