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物欲の薄い男女

 今、林に対して抱く気持ちは一旦放って、俺は今日の目的を思い出していた。林と紡ぐ最後の思い出。今の気持ちのまま、それさえも中途半端にしてしまうのは、少し勿体ない。


「林、それで今日はどこに行くんだ?」


 本来、デートとは男がエスコートするべきもの。それは固定観念であり、強迫観念であり、男としての尊厳のためでもある。

 しかし、俺は林に当然のようにそう尋ねた。全ては、俺の人生経験の乏しさのせい。林のような女性の好きそうな場所を、俺は知らない。

 ……林のような女性以外の好きそうな場所なら知っている風な口ぶりだったが、それもなかったわ。


 兎にも角にも、俺は林を楽しませられるような場所を知らない。今日のデートは何より、林の慰安が主目的。恥を偲んで彼女の行きたい場所を尋ねるのが、一番手っ取り早いと思った。


「そうだね。あんたは行きたい場所ある?」


「俺の都合は気にするな。お前が行きたい場所に行けばいい」


「そういうわけにはいかない。今日は、あたしとあんたのデートだもん。二人で楽しまないと意味ないじゃん」


 うむ。至って正論だ。ただ生憎、物欲の薄い俺には、今丁度特別行きたいと思うような場所はなかった。


「……行きたい場所、ないって顔じゃん」


「鋭いな。その通りだ」


「なんでドヤってんの? 意味わからん」


「わかる」


 俺は苦笑した。


「……まあ、あのこざっぱりした部屋を見れば、あんたが今欲しそうなものがないってことはわかるけどさ」


「そうなんだ。だから、お前が欲しいものを買いに行けばいいんじゃないかと思う。金なら出すぞ?」


「なんで」


「なんでって……デートの時、男は財布の紐だけ緩くしておけばいいって聞いたことあるから」


「はあ? なんであんたに全額出してもらうみたいな話になってるのよ。食事は割り勘。欲しいものは自分の金で。当然じゃない。自分のお金という対価を支払うからこそ、欲しいものが手に入った時、いつも以上に嬉しくなるんじゃない」


「そういうもんなん?」


「……そういうもんなの」


 呆れた林を見て、俺は頭を掻いた。彼女の言っていることが、一般的女性全体に当てはまるのかは、俺にはわからない。ただ、こうなった彼女が、俺にだけ金を払わせるということはないだろう。

 ……こうして見ると、この女は他者から全てを与えられる女王様とは対極な人間だなと思わされる。そう言えば、彼女は昔から我が強かった。


「……じゃあさ、食べたいものはあんの?」


「食べたいもの?」


 林の問いに、俺は物思いに耽った。食べたいもの。意外と、最近は特別食べたいものもない。


「じゃあ、好きなものは?」


「牛タン」


「しぶっ。おっさんじゃん」


 牛タンを食べるとおっさんになるの? いいじゃん牛タン。昔はカルビが好きだったけど、高校生くらいの時から油が多くてきつくなった。そんな時に俺と牛タンの出会いは訪れた。食感。さっぱりした味わい。それらは俺の好みにピタリと合致した。


「……じゃあ、牛タン専門店に行こうよ」


「おお、良いな」


 牛タンといえば、宮城が有名だ。最近では、都内にもたくさんの宮城牛タンの専門店が増え始めていると聞く。とろろご飯と牛タン。言われてみると、それを急に食べたくなってきた。


「……じゃあ決まり」


 林は割り切った顔をしていた。


「横浜に行こう」


「横浜に?」


「うん。牛タンのお店あるし、あの辺なら買い物も出来る」


「……買い物かー」


 付き合うのは嫌ではないが、特別俺は欲しいものがないんだよな。


「……掃除用具でも見てれば?」


「おおっ、それだ」


 そう言えば、俺は掃除好きという設定だった。確かに、最近では雑貨屋とかでも掃除に使えるような便利グッズがあるし、覗くのも悪くない。


「……お前はいいのか」


「何が?」


「さっきから俺の行きたい場所ばかり。お前も行きたい場所はないのか?」


「……あたしのことは良いのよ」


 林は断言した。


「だって今日は、この一月のあんたへの感謝を示すためのデートなんだから」


「……意見の相違だな」


「だから何が」


「俺は、お前の慰安のためのデートと思って、今日の誘いに乗ったんだ」


 それ以上断言はしないが、つまり俺は、今のままのプラン通りにはこのデートを進めることないぞ。そういう意思表示をしたかった。


「……でも、実はあたしも特別、欲しいものとかないんだよね」


「新生活のための準備とか、色々あるだろう」


「……その辺はなんとかなってる」


「なんとかなっているのか」


 そうすると確かに、林的にも欲しいものとかは特にないのかもしれない。こう見えて彼女も、物欲はあまりない人だった。


「……まあ、ここで言い合っててもしょうがないし、現地に行ってから考えよう」


「そうだね。それが良い」


 話はそこまで纏まっていないが、俺達は最寄り駅へ向けて歩き出した。

日間ジャンル別2位ありがとうで前倒し投稿!

誰だよ、1日2話ずつ投稿するって言ったやつ! 1日しか1日2話投稿してねえじゃねえか!

3日坊主ですらねえじゃねえか!!!


評価、ブクマ、感想よろしくお願いします!!!

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― 新着の感想 ―
[一言] カルビは30代半ばでちょっと量食べるときつくなりましたね。20も待たずにきついはちょっと早すぎぃ そして新生活に関してその辺はなんとかなってると現在進行形か… 本当に引っ越しの段取りが上手…
[一言] カルビ駄目になるの早いな(笑)
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