名探偵林
旅行当日、俺達は電車に乗るために駅へと向かった。
駅に到着すると、まもなくやってきた電車に乗り込み、まずは新宿駅を目指した。
「眠い……」
ふわぁあ、なんて言いながら、林は車内でおおあくびをかましていた。
幸い、電車の中は早朝ということもあり乗客はあまりおらず、俺達はシートに隣同士に座って移動していた。
「なら、寝てればいいのでは?」
だから、俺は林に駅に到着するまで寝たらどうかと提案した。
「いい」
しかし、林は俺の提案を断った。断る間にももう一回あくびをかましていた。
「なんで」
「癪だから」
出た。
林の癪だから。
林は時々、癪という理由で俺の厚意を袖にする。まあ、眠い中起き続けようとする胆力自体は素晴らしいのだが……根底に俺に弱みを握られたくない、みたいな感情があるのは実にしょうもない。
まあ、この辺がかつて女王様とか呼ばれていた所以なのだろう。
よくわからんけど。
「あー、早く信玄餅食べたいー」
俺がしょうもないことを考えていると、林はスマホをスライドさせながら旅行先への想いを馳せていた。
本当、今回の慰安旅行、この女は食べることしか考えていない。
まあ、時々ならチートデイとして暴飲暴食も良いが……ここで甘えて、それが常態化しないといいのだが。
「ねーねー。なんかさ、お土産買いたい言ってるの、あたしばっかじゃない?」
「お、そこに気付いたか」
旅行に浮かれていた林だが、どうやらついに気付いたらしい。
「あんたは買いたいお土産とかないの?」
「……うぅむ」
俺は腕を組んで考えた。
買いたいお土産……か。
「あんまない」
「うわあ、旅行に行く前から旅行先のことディスってるよ、この男」
「いや違う。そういう意味じゃない」
「そういう意味じゃない? ……つまり、お土産を買う相手がいないってこと?」
基本的にポンコツな林(元女王様)は、時々こんな感じで鋭い洞察力を見せるからたまらない。
「……ああいや、信玄餅とかちょっとほしいかも」
林の意見が図星だった俺だが、ふとした拍子に脳裏を過る顔があったため、取り繕うように言った。
「ねえ山本、それってさ」
しかし、取り繕うべきではなかったと、林の声色を聞いて思った。
「……灯里?」
「……違う」
慌てて否定したが、最初の数秒の間が命取りだった気もする。
さっきまで旅行に浮かれていた林は、気付いたら俯いてしまっていた。
「違うからな。お土産を買いたいのは……志穂へだ」
「嘘だね」
「決めつけが凄い」
「だって、信玄餅の賞味期限って一週間くらいだよ? あんた一週間以内に実家に帰るの?」
「……ふむ」
本当に、林は時々、やたらと鋭い時があって困る。
「その点、灯里なら大学で会おうと思えばいつでも会える。信玄餅だって賞味期限が切れる前に渡せるでしょ」
「おいおい、名探偵かよ……」
「ふんっ」
名探偵林は、最終的にヘソを曲げた。
……買いたいお土産がないかと聞いてきて、最終的にヘソを曲げるだなんて。
「……林、悪かった」
折角これから慰安旅行に行くというのに、このままヘソを曲げられ続けるのはたまらない。
俺は自らに非は感じていないが、とりあえず林に謝罪の言葉を口にした。
「……謝れば許してもらえると思ってるでしょ」
「いや、そういうわけじゃない」
「嘘」
「嘘じゃない」
何故なら、俺は今回、林がヘソを曲げた件、本当に自分の非を一切感じていないからだ。
「じゃあ、なんで謝るのよ」
「そりゃあ、折角の慰安旅行なのに、このまま数時間をお互いにイライラしながら迎えるのは嫌だろう?」
だから、この件は一旦、水に流そう、というわけだ。
「……まあ、そういうことなら」
「おう」
「後でラーメン奢ってよね」
「おう?」
本当に、ここ数日の林の食い意地が凄い。
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皆様是非買ってください。作者は印税だけで暮らしていきたいです。
また、新作を連載しているので読んでくれると嬉しいです。
『冴えない僕が人気者の幼馴染と釣り合える日はやってくるのだろうか?』
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