気恥ずかしい
過度……とまでは言えないが、一か月のダイエットによる抑制によって、食い気が増した林のリクエストもあったりしたが、一週間ほど吟味した結果、今回の温泉旅行は石和温泉に行くことに決定した。
決め手は移動経路の容易さ。
新宿から乗り換えなしで電車一本、約一時間半で到着出来る利便性は、中々のものだった。
『石和温泉って何が有名なの?』
ちなみに、旅行先を決めたや否や、林はこんなことを言い出した。
『そりゃあもう、山梨だし葡萄だろ。後はワイン』
『未成年だしワイン飲めないね。じゃあ、葡萄か。うーん……』
『……え、すごい不服そう』
『ちょっと山本。勘弁してよ。不服なんてそんなことないから』
『そうなのか?』
『うん。だってさ、勝手に決めていいよって言って、勝手に決められた先で不服そうな態度を示したら……じゃあ、お前も旅行先決めに参加すれば良かったじゃん、と思うじゃない?』
『まあ、そうだな』
俺からしたら、不服云々は関係なく、旅行先決めに参加しろよ、と思うけどな。
『じゃあ、何そんな唸ってんだよ』
『いや、葡萄って腹持ちいいのかなって』
『温泉旅行なのに食い気しかないな、お前』
一応その後、山梨の名産としてほうとうや鳥もつ煮が有名であることを伝えた。
ちなみに俺は臓物系の食べ物が苦手だ。
林が鳥もつ煮を食べたいと言ったら、多分、一人で食べに行け、と言うだろう。
「後は旅館だな」
大学の講義の合間に、俺はスマホを弄りながら石和温泉の旅館を調べていた。
そういえば、前に林に、大学にいる時くらい友達と会話したらどうか、みたいなことを言われた記憶があるが……今は友達との会話よりも旅行先を決める方が先決だ。
……嘘です。
相変わらず、俺は大学に友達がいないです。
今日の講義は竹下もいないし、話し相手が本当にいない。
いやー、もうここまで来ると、大学に友達いらないんじゃね、と思うよね。
実害ないし。
こうやって一人の時間に集中できるし……!
……ふむ。しょうもない。
「何やってんの、山本君」
「ぎゃあっ!?」
一人でしょうもない考えに浸っていると、背中を叩かれ、俺は変な声をあげた。
心臓をバクバクさせながらそちらを振り返ると、そこにいたのは……。
「げ」
「あー! げ、だって! げ! ひっどーい! それが元カノに対する態度かな!?」
……笠原は頬を膨らませて抗議の意を示してきた。
「悪かった。悪かったから……元カノ云々の変な弄りはやめてくれ」
「やめないよ。弄りじゃないし、事実だし」
相変わらず、笠原はどこか楽しそうにニコニコと微笑んでいた。
俺の隣が定位置、だとでも言うかのように、自然に隣の席に腰を落としてきた。
「山本君、どうして今、あたしが君の隣に座ったかわかる?」
ニコニコ顔の笠原は……なんだか怒っているように見えた。
最近のこいつ、登場してきてはずっと怒っているな。
「わからん」
しかし、俺には笠原が怒っている理由に検討がつかない。
「なんで?」
「心当たりが多すぎるから」
「ふむ。確かに」
何とか笠原を説き伏せることに成功したようだ。
「……ま。じゃあ、今日のところは許してあげる」
「ありがたいぜ」
「……それで、最近のメグの様子はどう?」
「元気だ。それ以上でもそれ以下でもない」
「ふうん。じゃあ、それは?」
笠原は俺のスマホを指さし言った。
目ざとい女だ。
気付いていやがった。
「……慰安旅行に行こうと思ってな」
「一人で?」
「……ああ」
「そっかそっか。楽しんできてね! 二人での慰安旅行!」
……質問の意味がないじゃないか。
「林に聞いたのか?」
「違う。なんとなく、山本君が優しいオーラを発していたから気付いたの」
「俺のオーラがわかるのか。すごいなお前。俺でも自分が発するオーラはわからんぞ」
「わかるよ。だって好きな人のことだもん」
「そうだな。お前、林ラブだもんな」
「……ふふっ」
……一々、人の気持ちを弄ぶようなことを態度を示しやがって。
弄ばれているとわかっているのに、馬鹿正直に頬を染める俺にも大概問題があるな。
「……なんだか知らない内に、二人がどんどん遠くに行ってしまった気がするよ」
笠原が呟いた。
その声色は、何故だか少し寂しそうに聞こえた。
「そんなことはないだろ」
「ううん。あるよ」
……笠原の方を見て、俺はいつかの光景が重なった。
「山本君って、意外とアクティブな性格をしているよね」
高校時代、唯一の恋人だった笠原から……俺はいつか、同じセリフを吐かれながら微笑まれた。
「……そんなことないだろ」
高校時代は、その言葉に異を唱えることはしなかった。
でも今は、なんでか素直に頷きたいと思えなかった。
「そう?」
「ああ」
最初は、まだ笠原への感情に未練があるからなのかと思った。……女々しいけども。
「そんなことないでしょ」
「あるよ」
でも、途中で気付いた。
俺は照れ臭くて、笠原の言葉に異を唱えたのだ。
……昔はお互い、忌み嫌いあっていたのに。
今は同棲しているあの女との関係を茶化されることは……どこか気恥ずかしかった。
本作のコミカライズ第二巻が9/19に発売されます!
また、ライトノベル四巻も10/24発売予定です!
是非買ってください!




