ウォーキング
『山本君って、意外とアクティブな性格をしているよね』
ふと、高校時代、俺唯一の恋人に微笑みながらそんなことを言われたことを思い出した。
笠原が俺に向けてそんなことを言い出した理由は多分、笠原と一緒に下校する時、俺は大抵ジム帰りだったから。
笠原にジム帰りの時間まで帰りの時間を合わせてもらっていたわけではない。
笠原は何分、当時は女王様という学校に入り浸ることが大好きな少女とつるんでいたから……俺が数時間、ジムで汗を流すと、丁度下校の時間がかち合うことになったのだ。
『まあな』
笠原の言葉に、俺は異を唱えることはしなかった。
むしろ、あまのじゃくでひねくれものな性格をしている人間は運動が嫌いなことが多そうなものなのに、俺はその例に当てはまらない、と自分でも思っていたくらいだ。
ジムもそうだが、俺は運動全般は嫌いではなかった。
大体の球技は好きだったし、散歩だって……一人で歩く時も、笠原と歩く時も、なんだかんだ嫌いな時間ではなかった。
ただ、体育の時間はあまり好きではなかった気もするな。
……今更思い出すと、笠原と一緒に下校する時、色んな場所を一緒に歩いた気がするのに、どんな会話をしたのかはいまいち思い出せない。
どうしてだろう?
……ああ、そうか。
「それでさー」
そういえば、笠原と散歩をする時、彼女がする話は大抵……今、ジムに向けて一緒に散歩する女に関することだった。
「ウケるよねー」
笠原は、本当にいつも……林のことばかり話していた。
楽しそうに。
嬉しそうに。
……羨ましそうに。
恋人という関係を築けたものの、正直、わかっていた。
笠原から見て、俺と林、どちらが大切な存在かは、火を見るよりも明らかだということは。
嫉妬とかは特にしなかった。
嫉妬をする程、他人に入れ込んだことがなかったし……何より、敵わないことはすぐにわかったからだ。
『ごめんね』
どうして今更、少し寂しそうに微笑む笠原の顔を思い出すのだろう……。
「ちょっと山本。話聞いてんの?」
「ああ、一切聞いてなかった」
「そっか。それじゃあビンタかパンチ、どっちがいい?」
「どっちも嫌だが?」
「大丈夫。なるべく痛くなるように殴るから」
「話を聞かなかっただけなのに、代償が大きい」
そもそもこの女、かつては恋人からのDVに苦しんだ立場だろう。
実力行使で他人をわからせようとするのは一番駄目な行いだと知っているはずなのに。
結局、人は争いからしか何も得られないんだな……。
「山本、あんた今、頭の中で残念ポエム読んでるでしょ」
「読んでない。ただ、脳内でお前のことを哀れんだだけだ」
「そう? どれくらい哀れんだ?」
「ぼっち街道を歩む俺の先行きを哀れむのと同じくらい」
「相当じゃない……」
引かれた。
顔を真っ青にして引かれた。
ちょっと酷くない?
そんなに引かれるとまるで……俺の先行きがどん底だと言われているみたいで気分が悪いんだが。
あ、どん底だと言っているのか(納得)。
「ま、まあ、最近、ようやく友達も出来たんだし。女だけど。これからは流れ変わるよ。女だけど」
林の奴、やけに女友達が出来たことを強調してくるな。
「で、寧々の勉強は順調なの?」
「ふっ。抜かりはない」
「……山本君は、勉強も出来るし、ダイエットの指導も出来るし、なんでも出来るもんねー」
「なんでそんな嫌味っぽい言い方するんだ?」
おかしい。
散歩に出る前は、不機嫌ではなかったのに。
一体、何が林を不機嫌にさせたと言うのか?
俺が林の話を無視したのが悪いのか?
それしかねえ……。
「そ、それよりどうだ? ダイエットを始めて少し経ったけど、体重は?」
俺は話を逸らすことにした。
「女の子に体重を聞くなんてサイテー」
「選挙に行ける年齢の女が、女の子……?」
「あ?」
「……サーセン」
謝罪の後、俺達の会話は完全になくなった。
やっぱこいつ、こええよ。
俺が二、三個地雷踏み抜くだけでこんなに不機嫌になるだなんて。
まあ、戦場だったら地雷を一個でも踏み抜いたら死んじゃうんだけどさ。
「……減った」
しばらくの沈黙の後、林が呟いた。
「減ったよ。一キロ」
「……おお」
俺は感嘆の声をあげた。
「そうかそうか。それは良かった。中々順調なペースじゃないか!」
「……全然だよ」
林の声は暗い。
「ダイエットを始めて、毎日鏡の前に立つようにしたんだけどさ。言われてみるとあたし、すごい太った」
「……」
「だから、早く体重減らしたいのに。……なのに、全然、これだけ頑張ってまだ一キロって……はぁ」
……なるほど。
最近の林はお菓子をよく食べていた。しかし、ダイエットを始めて、お菓子類は絶ち、めっきりやっていなかった運動も始めて……ここ最近では味わっていなかったストレスや疲労を感じているのだ。
まあまあの努力の末、減量には成功したが……減った体重は僅か一キロ。
確かに、心に来るタイミングかもしれない。
「林、ダイエットで一番大切なことは何だと思う」
「え。……我慢?」
「継続性だよ」
俺は続けた。
「まあ、我慢も大事だけどな。ただ、過度な我慢は体に毒だし、リバウンドの原因になりかねない。だから、無理な我慢にならない程度に制限をかけるんだ。そして、その制限した状態を継続させる。それが大事だ」
「……むー」
「よく考えろよ? 過度な我慢を体に強いて、それで体重が減らなかったらどうなる?」
「えー……絶望する?」
「そうだ。それが、ダイエットを失敗してしまう人がよく陥る現象だ」
「確かに……前にそんなことでダイエット辞めた人、何人か見たことある」
「だろ? だから、ここは程よく制限をかけて、確実に継続させることで痩せて行こう」
「……うん」
ようやく林が納得した頃、俺達はジムに到着した。
この前まで中国出張に行っていました。
帰ってきたら何かを書こうと思い一週間が経ち、何もする気になれず……久しぶりに本作を更新しました。
多分、またすぐに静かになります。




