役得
林が風呂から上がった後、俺達はどういうわけかリビングで向かい合って座っていた。
俺はあぐら。
そして林は……何故か正座。ついでに、何か後ろめたいことでもあるのか、居た堪れなさそうに俯いていた。
「……山本さん、先ほどの話なのですが」
林の敬語。実に珍しい。
「なんですか」
「しばらくご飯……味気なくさせて頂いてもよろしいでしょうか?」
「……それは別に構わん」
「ありがとうございます」
林は小さく頭を下げた。
「で、何キロくらい太ってたの」
興味本位で聞いたものの、実にデリカシーに欠けた俺らしい発言だと、言った後に誇らしく思った。
「……まあ、それはいいじゃん」
「良くないだろ。どれくらいの期間、味気ない食事をすることになるのか気になるじゃないか」
「……」
林は俯いた後、指を一本立てた。
「……ほう」
一キロ増だったらあんな悲鳴は上がらないだろう。
となれば……。
「それは結構……キタな」
「あたし、太らない体質だったのにぃ……」
林は半べそを掻いていた。
「なんでぇ? 何が良くなかったんだろう? どうして太っちゃったんだろう……?」
「碌な運動もせず、三食しっかり食べて、ついでに間食も食べていたからでは?」
「今まではそれでも太らなかったの!」
「ふっ」
俺は林の詭弁を鼻で笑った。
「な、何よぅ」
「林、食べても太らない人間なんて存在しないぞ」
「で、でも……本当に太らなかったし」
「考えられるのは二通り。昔は活発に運動していたから、摂取したカロリーをも上回るカロリーを消費していたか、もしくは、実は全然食べていなかったか、だ」
「少なくとも後者はない」
「本当か?」
俺は得意げな顔で続けた。
「寝起きで気分が優れないから朝食は抜こう、とか、間食食べて腹いっぱいになったから夕飯は抜こう、とか、実はそんなことも多かったんじゃないのか?」
「……た、確かに」
どうやら思い当たる節はあるようだ。
「おそらく、昔のお前は実はそんなに飯を食っていなかったんだ。だから、運動もせず、食べるだけ食べている今は体重が増えてしまったわけだな」
「……そ、そんな」
「お前には以前話したが……こう見えて俺は一時期ジムに通い詰めていた。筋肉量アップさせるためにネットで情報を入手したりして、色々試してみたさ。その中で、減量させる術もある程度理解した」
「そ、そうなのっ!?」
「ああ、一時期はPFCバランスまで考えた献立にしてくれ、とか色々注文を出したよ。その結果、志穂に言われたよ」
「なんて?」
「きもっ」
「それは……否定出来ない」
リビングが静寂に包まれた。
……ま、まあ、俺も自分で料理をするわけでもないのに、あの時は我侭な注文ばかりしていたし、林と志穂の言い分も今なら理解している。
「と、ともかく、ダイエットしたいなら色々教えてやることが出来るぞ」
話を逸らすように、俺は言った。
「ただ……太ったと聞いた手前ではあるんだが、お前痩せる必要あるのか? 今の体重くらいがひょうじゅ――ぐえっ」
俺の口から変な声が漏れた。
何故か。
「山本せんせぇ! 助けてくださいぃ!」
目の前に座っていた林が、半泣きで救済を求めてきたからだ。
押し倒された俺は、後頭部をフローリングに強打。
ただ、後頭部の痛みは大したことはない。
それよりむしろ……頬が痛いくらいに熱かった。
「は、林っ! 離れろ!」
何故なら、押し倒された拍子に……柔らかい何かが俺の腹部に当たったから。
「わかった! わかったから!」
くそっ!
林の奴、強引にも程がある!
こんなにも無理やり……ダイエットを手伝うことを了承させてくるだなんて……。
人の心がないのか?
「……ありがとう」
「い、いいよ。ダイエットの手伝いくらい」
ただ、まあ……別に痩せる必要ないと思うんだけどなぁ……。
前よりは太ったとはいえ、さっきも言った通り、今の林の体重は成人女性の平均くらい……いや、これでもまだ細い方な気がする。
「……ジロジロ見ないでよ」
林に指摘された。
「すまん」
「……そんなに」
「ん?」
「そんなに、あたし太った……?」
「まあ太りはしたな」
痩せる必要はないと思うが。
「……わかった」
……少し考えて、俺は言い方を間違えたことに気がついた。
「あたし、絶対に痩せる」
せめて、痩せる必要はないと思っている旨は念押しするべきだった。
「そして、またモデル体型に戻ってやる……っ!」
「……あちゃー」
俺は頭を抱えた。
こうなった林が、俺の話を聞かなくなることは……こいつとの数ヶ月の同棲生活で、嫌というほど理解させられていた。
本作の第2巻発売は2週間後です
そんな直前にまで迫ったにも関わらず、作者はロクな宣伝活動をしていません
人生ナメてるのかと不安になる限りです
わかるか?
俺は今、皆様を脅迫してる
社会不適合者の作者を救えるのは、読者である皆様だけだ!
なので、是非2巻購入の程、よろしくお願い致します




