林恵と新しい友達
本作が書籍化される前は、登場人物に対して面倒臭いやつらだなあ等と思っていた。
ただ書籍化されて印税をもらって以降は、上下関係が逆転している。
今では作者である私は、登場人物にゴマをするようになってしまった。
もし山本さんに靴をなめろと言われたら無視するし、林さんが草履を温めろと言ったらレンチンするくらいの忠誠心を見せてます。
山本に言われて、あたしは思い出していた。
確かに、今のあたしにはバイクを買うお金も、バイク免許を取るための教習代もない。バイクを取得するためだけに山本にお金を借りるわけにもいかないし、両親を頼れる内容でもない。
「で、でも……」
「そもそもお前、簿記試験のために勉強するんだろ? バイク免許の勉強も一緒に出来るのか」
「……う」
あたしは俯いた。
「で、出来るもん……」
そして、弱弱しく呟いた。
しばらくして、山本がはあとため息を吐いたのがわかった。
「そうだな。確かに出来るのかもしれない。でも、バイク免許を取ることは、目標まで立てて完遂させようとしている簿記試験の勉強と両立させてまで、今必ずやる必要のあることなのか?」
ここで、頭ごなしに無理に決まってるだろ、と言ってこないあたり、山本もあたしへの対応の仕方を理解しつつある。
もし頭ごなしに来られてたら、多分あたし、ムキになっていた。絶対に出来るから、と。
でも、山本が言ったふうにやんわりと否定されると……自分の言い出したことがあまりに自分勝手極まりないものに思えて、あたしはそれ以上の言葉を失ってしまうのだった。
「今すぐでなくてもいいんじゃないか? 時間なんて、これから、たくさんあるだろ?」
「……そうだね」
あたしは山本に同調した。
まあ、今回ばかりはあたしの言い出したことも、中々荒唐無稽であった。それは自覚している。
でも……結局、あたしもバイクを買うことは出来なくなってしまった。
このままでは、山本にバイクを買わせることが出来ない。
「ねえ山本、あんた本当にバイク買わないの?」
「しつこいぞ。買わん」
「なんでそんなに頑ななのよ」
「お前こそ頑なだな。さっきまでと態度を翻してまで」
……そりゃあ、あんたとバイクで二人乗りして、どっかツーリング行きたいし、とは、口が裂けても言えない。
ふと思った。
言えばいいんじゃね?
言って、甘えた調子で山本にねだればいいんじゃね?
そうだよ。
山本って昔は……あ、灯里と付き合っていたくらいだし。
女の子らしい灯里の一面に、一時でも山本が気を許したとなれば、女の子らしく媚を売れば山本もバイクを買う気になるかも?
……そもそもこいつ、意外と押しに弱いし。
あれ、結構イケそうじゃない?
……止めよう。
異性に媚売って、高い買い物をさせて、自分の利益を得るって……買わせるものはバイクだけど、やっていることはまんま援助交際みたいなもんなんだもん。
今のあたしは大学を中退してフリーターの身なわけだけど、まだそこまでは落ちぶれたくない……。
なんだろう。
一時は女王様と呼ばれたプライド的なものもあるしね。
でも、そうなればどうやって山本にバイクを買わせるか。
山本にバイクを上手く買わせるために、どうやってバイクの知識を身につけるか。
「あ」
思いついたことがあった。
「ねえ、寧々」
「あ、はい」
「今度、あんたのバイクに乗せてくんない?」
寧々は目を丸くした。
「……無免許運転する気か? お前、そこまで」
山本は軽蔑の眼差しを向けていた。
「は?」
威圧すると、山本は目を逸らした。
「違う。あたしが運転するって意味じゃない。……だから、その、あんたのバイクに二人乗りさせてよ」
「……え」
「勿論、ガソリン代は折半するよ。だから、今度バイクに一緒に乗せてよ。それで、バイクのこと色々教えてよ」
「え、えぇぇぇぇえ!?」
「うっさい。近所迷惑でしょ」
「あ、はい。すみません」
おずおずと、寧々は頭を下げた。
本当、この子は感情の起伏が激しい。
「で、良いの? 悪いの?」
「え?」
「答え、聞かせてよ」
あたしは寧々にバイクに一緒に乗せてもらうことに関して、良いのか。悪いのか。答えを急いた。
寧々は、一瞬顔を上げたが、またすぐに俯いてしまった。
「いいんでしょうか?」
「何が?」
「は、林さんみたいな綺麗な人を、あたしの薄汚いバイクのシートに乗せてしまって……?」
「あんた、大切なバイクのこと、貶すの止めなさいよ」
「ひゃい。ごめんなさい……」
「あ、いやその……あんまりそういうの、止めた方がいいと思うよってだけだから。それだけだからね?」
さっきまでの話を聞く限り、寧々がこれまでバイクをどれだけ大事にしてきたかはわかる。それだけ大切にしているものを下げるようなことは言うべきではないと思ったのだ。
厳しい口調になって取り繕うが、寧々は顔を上げてはくれなかった。
……今のが決定打になったかな。
あたしは思った。
きっと、寧々はあたしと二人乗りなんて、もうしたいとは言い出さないだろうって。
こういう時、自分の性格が少し嫌になる。
すぐキツイ言い方しちゃうんだよな、あたしって。もう少し優しい声色で言えたら……もっと世渡り上手く生きれたのかもしれないなあ。
「……こ、今後は、もうバイクのこと、悪く言うの止めようと思います」
「……うん」
「そ、それで二人乗りの件なのですが」
「うん……」
「ぜ、是非、今度一緒にさせてもらえませんか?」
「わかった」
頷いた後、
「え?」
あたしは、思わず聞き返していた。
「え、いいの?」
「はい」
「……どうして」
「どうして……ですか。そそそ、そんなの決まってます」
ずいっと、寧々は顔を寄せてきた。
「ああああたしっ、林さんと友達になりたいから」
興奮気味に言う寧々に、あたしはこの部屋で会ってすぐの寧々の言動を思い出していた。
……そっか。
こんなキツイ性格のあたしを見ても。
叱れるような立場にないにも関わらず、寧々を叱ってしまったあたしを見た後でも。
寧々は、あたしと友達になりたいと思っていてくれたのか。
「そっか……」
「い、嫌でしょうか?」
「……ううん」
あたしは俯いた。
「う、嬉しいかも……」
本心が漏れた。漏らすつもりのなかった本心だった。
途端、カーッと顔が熱くなった。
「あ、あんまりこっち見るな!」
「えぇぇ!? な、なんでですか?」
「い、いいから! もう……っ」
一体あたしは今、何に怒っているのだろう。
自分でもよくわからなかった。
腕を組みながら、唇を尖らせながら問答を続けるが……ろくな答えは出そうもない。
でも、何故だか少し気持ちはよかった。
なんでだろう?
新しい友達が出来たからかな?
そうかもしれない。
上京してから、大学の友達とは利得関係みたいになっていたし……。
多分、寧々が上京してから初めての……本当の友達だから。
「ふふっ」
友達が出来た程度で喜ぶなんて、何だか子供みたいだな。
そう思ったらおかしくて、あたしは笑った。
「あ、あはは」
釣られて、寧々も笑った。
しばらくあたし達は笑いあった。
「じゃあ、これからよろしくね。寧々」
「あ、はい」
こうして、あたしは上京してから……この家に匿われるようになってから、初めての友達を作った。
「……色々丸く収まったな」
山本が呟いた。
「で、竹下。俺がお前に勉強を教えるのは、休み時間とかそういう隙間時間でいいのか?」
「勉強……?」
あたしは首を傾げた。
「ん? おう。今朝、こいつに頼まれたんだよ。勉強を教えてくれって」
「……二人きりで?」
「え? ……あー、まあ、必然的にそうなるかな?」
山本はあごに手を当てて言った。
「はあ?」
今日一番冷たい声が、あたしの口から漏れた。
随分と長い時間が経ったがこの章はこれで完結です。
書き始めた時は確かマンネリ打破の新キャラを投入したいとか考えていた気がする。その新キャラのキャラが掴めず、自身初書籍化による燃え尽き症候群も発症し、今に至る。
マヂごめん。
形式的に謝っているけど、悪気はないんだ!




