林恵の手のひら返し
あけましておめでとう
そういうには少し遅すぎたかもしれません
ぽわぽわわーんと頭に浮かぶ光景があった。
その光景とは、山本とこの子が二人でツーリングに行く姿。山道でバイクを走らせながら、仲睦まじそうに微笑みあうそんな光景だ。
……それだけは阻止しないと。
だって、そんなのもう恋人同士じゃん!
ここはガツンとあたしが拒絶させないと。
だってこの男、なんだかんだ押しに弱いし凝り性なんだもの!
もし一度でもバイクに乗せたら最後……。
こいつは間違いなくバイクにハマる!
断言できる!
きっと山本はバイクにハマって……休みの度にツーリングに出掛けて、暇さえあればネットオークションでバイクパーツを物色するようになって、そして貯金を切り崩しだす!
そこまでハマれば、自ずと寧々とかいう子にバイクについて相談する……つまりは二人の距離が急接近!
駄目だ!
絶対駄目だ、そんなことは!
「ひっ……」
怯え震える寧々とかいう子にもう一度睨みを効かすと、彼女は小さく悲鳴を上げた。
「お前、顔、怖いぞ?」
山本があたしに呆れたように言った。
「別に? あんたには関係なくない?」
「……うむ」
「や、山本君!?」
山本もあたしにビビったのか、匙を投げた。
こうなればもう、山本がバイクに乗る……そしてハマることもないだろう。
「バイクって結構お金かかるじゃない? あんた、きっと貯金切り崩しだすようになるまでハマるよ? 絶対止めたほうがいい」
一先ず、あまりにも感じが悪いので、あたしはそれらしい言い訳を早口で捲し立てた。
「一理ある」
「でしょ?」
「だ、大丈夫ですよ。カスタムパーツもピンキリですよ?」
「そうなのか?」
「えっ」
「はい。あたしだってギリギリ、消費者金融のお世話にならずに済んでるんです」
「へー。そうなのか」
「……」
乗り気じゃん!
山本、めっちゃ乗り気じゃん!
いつもの山本なら……『消費者金融にお世話になる手前なら駄目じゃねえか』とか言うところじゃん!
というか、寧々とかいう子も、あたしにブルブル怯えてたのにまだ山本のこと勧誘するの?
自分の好きなことになると他人を巻き込みたくなる人なの?
ヤバい……。
ヤバいよ……。
このままだと、この二人が仲良くなってしまう!
↑山本に友達を作るようけしかけた人
「でも、バイクって車と違ってスリップとかあるでしょ。危なくない?」
このままだとまずいと思ったあたしは言った。
「安全運転を心掛ければ、バイクも意外と安定しますよ」
「ガソリン代も値上がり傾向だし……」
「そ、それじゃあ、燃費の良いバイク、紹介しましょうか?」
「……」
「ね! どうでしょう? ね! ね!」
……買わせる気だ。
この子、本気で山本にバイクを買わせる気だ!!!
まるで不動産屋のアポ無しゴリ押し営業を受けている気分だった。
そもそも、負け戦だったのかもしれない。
自分の知らない分野とのディベートなんて、最初から勝ち目なんてなかったのかもしれない。
「俺、小さい頃特撮モノとかよく見てたんだよなぁ」
しばらく静観を続けていた山本が口を開いた。
「だからさ、バイクとかにもそれなりに憧れがあるんだよなぁ」
……終わった。
あたしの負けだ。
バイクに憧れがあった山本はきっと、寧々とかいう子の話を聞いて決意してしまっただろう。
バイクを買う、と。
「……それじゃあ」
「ああ」
山本は深く頷いた。
「一瞬良いと思ったけど、やっぱり不要だ」
「えっ」
「えっ」
ふてぶてしい顔の山本に、あたしと寧々とかいう子は初めて同じ反応を示した。
「……な」
「なんで?」
「バイクって移動中に作業が出来ないだろ?」
「……」
「……」
「電車は移動中作業が出来る」
ここまでのやり取りはなんだったのか。
そう言いたいが、思わず啞然としてしまった様子の寧々という子を横目に、あたしは思った。
あんた、いつか一緒に電車に乗った時、ずっと外の景色見てたじゃない。
「……そうですか」
「ああ」
……まあ、いいか。
とりあえず山本がバイクを買うという話は、これで立ち消えたことだしね。
「……いつか、三人でツーリングに行けたらな、と思ったんですけどね」
「ん?」
「え?」
「……三人?」
「はい」
寧々という子と山本はわかるとして、あと一人は誰のことだろう?
「……あっ、林さんもと思って」
「あたしバイク買う気ないけど」
「はい。なので、山本君のバイクに二人乗りしてもらえば良いのかなと」
「二人乗り?」
「はい」
「……」
「まあ、立ち消えた話を掘り返してもしょうがないだろう」
「……ね、山本」
「ん?」
「バイク、買ってみない?」
「どっちだよ」
あたしの言葉に、山本は少し呆れたようだった。
もしかして、ヒロインポンコツ化してきた?
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