林恵の眼力
エヘヘ、と照れながら頭を掻いている寧々という子を見て、少し狂気を感じた。
一泊二日の弾丸四国旅行。東京からバイクで、ほぼ休みなし。
それは本当に……寧々という子の言う通り、バイク乗りにとって普通なのだろうか?
バイク乗りって凄いんだなぁ……(どうでもよかった)。
「どんなバイク乗ってんだ?」
山本が尋ねた。
「スズ◯のSV650ってやつです」
「えっ、大型なのか。勝手な偏見で、女子なら中型とかだと思ってた」
「そりゃああたしも、大学に入学したては中型でしたよ?」
……大型?
中型?
なんのことだろう?
あたし、バイクには疎いんだよね。
「この前、大型免許と一緒にこの子を買ったんです」
「えっ」
山本は少し引いていた。
「……免許とバイク、一緒に?」
「アハハ、山本君。免許なんて二十万くらい払えば実質タダですよ?」
「タダの概念が崩壊した瞬間だな」
山本は呆れていた。
「大型バイク代もそれなりにしたんじゃないのか」
「はい! ローンを組んじゃいました」
「ノリが軽い」
「バイク乗りならこれくらい普通ですからね!」
「だから主語をデカくするな」
はー、と山本はため息を吐いた。
話に一区切りがついたようなので、あたしは山本のシャツの袖を引っ張った。
「ね。山本? 大型とか中型って何?」
「え? ……ああ、バイクの排気量のことだ。排気量が上がる程、バイクは加速力とかが上がるんだ」
「へー」
「深夜の首都高を大型で滑走するのは爽快ですよぉ……」
何かを思い出しているのか、うっとりとした顔付きの寧々という子に、山本は目を細めていた。
「お前のバイク感は、元バイクサークルの連中が仕込んだのか?」
「えっ、いえ……あの人達とはあまり、話してないから」
「あ、そう……」
「はい。……正直、怖くて」
さっきまで(一方的ながら)盛り上がっていた二人が、気まずそうに俯いた。
どうやら、何か訳ありらしい。
「……三角関係の修羅場に巻き込まれたことがあるそうなんだ」
山本は、小さな声であたしに現状の経緯を説明をしてくれた。
修羅場の三角関係、か。
言い振り的に、恐らく寧々という子がかつて所属していたバイクサークルで男に言い寄られたみたいな感じか。
……それは、不憫だな。
高校時代、あたしも時々修羅場みたいな状況に陥ったことがある。
ほらあたし、高校時代はぶいぶい言わせてたし。
その度、結構大変な目に遭ってきてたんだよね。
友情が崩壊したこともあれば、裏で誰にも悟られないように泣いた日だってある。
「ねえ、また別のバイク乗り仲間を探そうとか思わないの?」
「……それは」
「……探すの、手伝おうか」
「えっ?」
「勘違いしないで」
あたしはそっぽを向いた。
「あたしはただ、山本の友達が寂しそうな思いをするのが、忍びないだけ」
……そ、それ以上でもそれ以下でもないんだから。
「……いいんですか?」
「まっ、少しくらいはね」
「本当に、あたしなんかがいいんでしょうか?」
「あーっ、もうっ!」
あたしは寧々という子を睨みつけた。
「一々おどおどするなっ! あんた、折角可愛いんだから! もっと楽しそうな顔しなさいよ!」
「か、かわ……っ」
寧々という子は、頬を染めて俯いた。
ただ可愛いと言われたことに狼狽えているだけで、今度は後ろめたい気持ちは抱いてなさそうだ。
「……じゃあその、お願いします」
「……ん」
「そうだな。それがいい」
唐突に、山本が介入してきた。
「そこでバイク乗り友達を作ってさ。例えばそいつに、勉強を教えてもらうとかな。そうだ。それがいい」
何を言っているのだろう、山本は?
……まあ、いいか。
少しだけ、あたしの中には殊勝な気持ちが芽生え始めていた。
あたしは今、いつか山本があたしにしてくれたことを思い出していた。
いつか……山本があたしにしてくれた、助けてくれた……その数々を思い出していた。
山本は多分、お礼をしたい、と言っても気持ちだけしか受け取ってくれないだろう。
それでもゴネて受け取るよう要求すると……あいつは最終的にはきっと、こういうと思うんだ。
『だったら、次はお前が困っている誰かを助けてやれ』
言い訳臭く。
面倒臭そうに。
山本はきっと、こういうと思うんだ。
……だから。
本当に言われたわけじゃないけれど!
その期待に応えようと思ったんだ。
……やるぞぉ。
静かに、あたしは燃えていた。
「そういう意味だと山本君! バイク! 興味ありませんか」
鎮火した。
「……俺?」
「はいっ! 山本君です!」
「なんで俺なんだよ、他にもいるだろ」
「だって……勉強も出来て、時間的余裕がありそうで、友達がいない人と言ったら山本君しかいないじゃないですか!」
「ちょっと待て。友達の有無は関係ないだろ」
「大アリです!」
「なんでだよ」
「初対面の人とあたしが、まともな会話を出来ると思いますか?」
「……すまんっ。考えが浅かった」
「そうでしょ? ……あ、あの、だから林さん! あなたも是非、バイクを買ってーーヒィィィ!」
寧々という子が悲鳴を上げた。
あたしの顔を見て、悲鳴を上げた。
「……山本は駄目でしょ」
「し、しょうですね……」
しょぼんとした顔で、寧々は呟いた。
書籍版発売まで一ヶ月を切りました。
本が売れるか心配で毎日が辛い……。
なんてことは当然ない。
たくさんの方が買ってくれることを待ってます!




