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使用済み

 朝食を食べた後、俺達は家を出た。


「まずは、あいつと住んでいた家に寄っていい?」


 家を出てすぐ、林は俺にそんな提案を持ちかけた。

 あいつ。それは、林がこの前まであの人、と呼んでいた元恋人の家である。高校を卒業して、林は最初は一人暮らしをしていたそうだが、ある日出会った元恋人と恋愛関係を持ち、そいつの家に同棲をした。

 そいつの家に行きたいと林が言い出したことに関して、俺は少し戸惑っていた。今日は、デートと聞いて家を出たのに、引越し作業の手伝いで俺は連れ出されたのか?

 まあ、別にそれでも構わないか。


「多分、今あんたが納得したこととは違うからね」


「お前、読心術を覚えていたのか?」


「は? つまんな。キモ」


 ……しょぼん。


「あいつの家に寄るのは、衣類を着替えるため」


「衣類を?」


 林の今身にまとっている衣類は、俺の家に彼女が居候をすることになった時に、俺がその辺で買ってきたものだ。


「折角デートに行くんだから、おめかししたいじゃん」


 なるほど。そういうことか。納得した。

 いつか林は、恋人に買ってもらったものを使うのを大層嫌がったが、背に腹は代えられないってやつか。


 しかし、おめかし、とは……かつて女王様と呼ばれたこいつが言うのは、少し面白いワードだ。


 俺は林の指示で、最寄り駅から電車に乗り込み、三駅揺られた。電車を降りて駅を出て、しばらく歩いた先で、林は足を止めた。


「大丈夫か?」


 ここまで案内してくれた林の顔は、どこか青い。当然か。元恋人と暮らした件の部屋は、彼女にとっては強いトラウマの刻まれた場所なのだ。思えば、たかだか俺とのデートのためだけにここに立ち寄るのは、中々リスキーな判断だ。


「……止めよう、林。これ以上体調を崩してしまったら、デートも何も楽しいものじゃなくなるだろう」


「行く」


「お前なあ……」


「言ったでしょ」


 林は、青い顔と目尻が濡れた瞳を俺に見せた。


「……折角のあんたとのデート、楽しみたいじゃん」


 林は、決心がついたように歩き出した。

 元恋人の家は、さすが社会人と呼ぶべきか。それなりに小綺麗なマンションだった。

 林は持っていた合鍵で、マンション入り口の鍵と部屋の鍵を解錠した。


 しばらく人がいないからか、元恋人の部屋は少し埃っぽかった。


「入って」


「……えー」


 俺は鼻をつまんでいた。


「埃っぽい部屋、嫌い」


「あんた、潔癖症だったの?」


「そんなことはない。ただ、埃っぽい部屋にいると、目が痒くなる」


「……行くよ。よりにもよってここで、あたしを一人でいさせる気?」


 林は俺の手を強引に引き、俺を室内に上がらせた。室内はやはり、少し埃っぽい。

 ふと、おかしいと思った。この部屋にはあの林が住んでいた。林は林で、俺に負けず劣らず、意外にも綺麗好き。家事だって結構マメにする人だ。そんな彼女が住んでいたにも関わらず、この部屋はここまで不潔になるか?

 林が俺の部屋に匿われて、元恋人が逮捕されるまでは、おおよそ一週間。つまり、その一週間、あの男は部屋の掃除をロクにしなかった、ということか。


 ……不潔。


 足が重い。でも、林を一人にさせるわけにもいかないから、俺は彼女の後に続く。元々住んでいた家、ということもあって、林の足取りはまっすぐだった。

 恐らく、二人の寝室だった部屋に彼女は入った。扉の先にダブルサイズのベッドが鎮座していて、俺は少し変な気分になっていた。

 その寝室のクローゼットを、林は開けた。どうやらそこに、彼女の衣類があるらしい。


 しばらく、林は今日来ていく服をその場で漁っていた。

 どうやら林は、もう平気らしい。俺は安堵を覚えると共に手持ち無沙汰になった。何の気なしに、俺は寝室ベッドの傍らにあるゴミ箱を覗いた。


「……うわ」


「何?」


 ぎょっとした俺は小さく悲鳴を上げて、それに林が反応した。


「いや、何でも?」


 ゴミ箱には、ティッシュ紙が丸めて数枚捨ててあった。そのティッシュ紙の上に、ブツがあった。使用済みのブツだ。

 ……そりゃあ、同棲していたカップルであればそれくらいのことはする。そんなことは、あのコンビニで彼女が恋人と同棲していることを告げられた時に理解していた。


 ただ、他人の吐き出した現物を見るのは少し生々しい。気持ち悪い。それが本音だ。


「……わかりやすい奴」


 ごまかしたが、林は白い目で俺を見ていた。スッと、彼女は立ち上がった。


「何?」


「良いよ。気にするなって」


 俺の制止も聞かず、林は歩き出して、そうして俺が遮ったゴミ箱を覗いた。

 恐らく見つけてしまったゴムを見て、林は黙った。俺にぶつけた体は、微動だにしなかった。


「……気にするなよ。別に、恋人とそれくらいするの、普通だろ」


 林と、そして自分に言い聞かせるように、俺は言った。


「まあ、お前はいなかったんだから仕方ない。処分しなかったあいつが悪い。うん」


 林は、中々俺に返事をくれない。


「……林?」


 俺に体をぶつけていた林の腕が、俺の背に回されていた。


「……どうした?」


「……あたし、あんたに匿ってもらった日の朝、ゴミは全部捨ててったんだ」


 彼女の言いたいことがわかって、俺は途端口を閉ざした。

 ゴミはゴミ収集に出していた。勿論、寝室のゴミだって……。マメな彼女なら、捨て損ねることなんてないだろう。


 だったら、これは……恋人である林が去った後、使用されたことになる。


「ありがと、山本」


 林が俺を抱きしめる力が、一層強くなった。


「こんな奴、一生牢屋に繋がれていればいいんだ」


「そうだな。……へくちっ」


 空気も読まず、俺はくしゃみを飛ばした。

日間ジャンル別3位ありがとうの前倒し投稿。ストックがまだあるからこそ出来ること。

最近、ストックの話しか後書きに書いてない気がする…!

いつからこんなつまらない男になっちまったんだ俺は。

面白かった時などなかったわ!


評価、ブクマ、感想よろしくお願い致します!!!

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― 新着の感想 ―
[一言] 面白いです!! 二人の関係性がどう変わっていくのかっていうのも楽しみに待ってます。
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