卑屈
風になりたがっている少女を前に、俺は言葉を失った。
なんというか、この女は……。
バカみたいに愚直で我が強い林。
何考えているかわからないけど我が強い笠原。
この二人ともまた違った意味で個性的な人だなと思った。
無論、我が強いことは言うまでもない。大変な目に遭っているのに、なんだかんだ大学で懸命に勉学に励もうとするのだから。それこそ、俺好みの我の強さだ。
こういう我の強さは大事だ。
このストレス社会を生き抜くには、なんといっても自己の確立が必要だと思う。
アルハラを迫る先輩に無理と言える我の強さ。
パワハラを強いる会社に辞めますと言える我の強さ。
スメハラをしている自覚のない同僚に臭いですと言える我の強さ。
やはり我の強さ。
我の強さが全てを解決する。
「とりあえず、部活に入れないならどうしたものか」
一先ず、いじけた彼女の相手をするのが面倒になった俺は、話を戻すことにするのだった。
腕を組んで俯いて、考えているふりをして見せた。
「……いいよ、もう」
「ん?」
「もう、いい。仕方ないじゃん。山本君、忙しいんでしょ?」
そうだが……さっきの不憫エピソードを聞いた後だと、頷くのも気が引ける。
「仕方ないよ。そもそも、当然だよ。あたし、山本君に勉強を教えてもらえてもお返し出来るようなものないし」
……まあ。
誰かの時間を奪う時、その時間を奪った分、相手に何かしらの対価を支払わないと、とは当然思うもんだよなぁ……。
「あたし、何も出来ないもん。何も出来ない癖に、勉強も出来ない。友達もいない。能無しだよ。アハハ」
そんな卑屈になるなよ、と言い掛けて、それを言ったらまた面倒なことになりそうで、俺は黙った。
「何か言ってよ!」
どっちにせよ面倒なことになった……!
凄い。まるで逃げ道がない……。
まあ正直、彼女の不憫エピソードをいくつか聞いた結果、勉強くらいなら教えてもいいか、と少し思うような気持ちが芽生えつつある。
その……なんだ。
彼女に少しくらい、世界は優しいんだぞ、と教えてやりたい。
そんな気分になったのだ。
ただ……頭に浮かんだのは、竹下とやらに勉強を教えたことがばれた時の笠原の顔。
思えば、高校時代に彼女と交際をしていた時から、本気で怒る彼女の姿を見たことはあまりない。
だけど、ばれたら碌なことにはならないんだろうなーと、心の中の危険アラームが警笛を鳴らしている。
くそ。
なんで俺、浮気がばれた時の夫みたいなこと考えさせられてるんだ?
笠原との関係は終わっている。
それも、あいつには散々、そのことでからかわれてきた。
なのにどうしてこんなことまで気を配らないといかんのだ。
……そうだ。そうだ。
俺達の関係は終わっている。
俺達は今、ただの……友達? か、それ以下の関係!
だったら別に、笠原に対して気を遣う必要なんてないではないか。
そうだ。
そうだよ。
「わかった」
俺は言った。
「勉強、教えるよ」
言った言葉は、竹下とやらの面倒な会話を終わらせる言葉。
待ち望んだ言葉だっただろう。
大学の勉強についていけず、孤高の努力家(笑)にまで縋った竹下とやらにとっては。
竹下は……。
「忙しいんじゃなかったの?」
面倒くさい女だった。
「忙しいさ。だが、合間を縫って勉強を教えるよ」
竹下は……。
「や。……や。あたしみたいな面倒くさい女のために、そこまでする必要なんてないよぅ」
卑屈な女だった。
「お前が俺に頼んだことだろ?」
竹下は……。
「でもあたし、何もない……」
「対価が欲しくて勉強を教えるんじゃない」
「忙しいのに、その合間を縫ってまで? 無報酬で?」
「そうだ」
「そんなの聞いたらあたし、付け上がるよ?」
「そんなのを聞いたくらいで付け上がるな」
「……甘い蜜を吸ったら、楽を覚えるのは人の性だよ」
「……じゃあ、この話は全てなしだ」
「うわああーん! なんでそんなこと言うんだよーぉ!」
「お前何なの?」
勉強を教えてほしいと言われ、わかったと言えば難しい顔をされ。
勉強は教えないと言えば、泣きつかれ。
この時間、何だったん?
ああ、帰りたい……。
ある意味主人公を弄んでいる女
いや、それは他のヒロインも全員、そうだった。
いや、主人公がヒロイン全員を誑かし、弄んでいるのか?
なんか無性にイライラしてきた。
ここでイライラを見せたら、俺がまるでこれまで女の子を誑かしてこなくて、主人公に嫉妬しているみたいじゃないか。
あ、それか。
評価、ブクマ、感想よろしくお願いします!!!