唐突な閑話:林恵は敗北する
タイトル、あらすじに書いた通り、本作を書籍化して頂けることとなりました。
発売日は1/25。皆、絶対買ってくれよな!
もう設定を忘れてしまった、という作者のため
キャラの性格どんなだっけ、という作者のため
そもそもいつ振りの投稿だ、という作者のため!
しばらくそれなりの頻度でまた投稿するからよろしくね!
これは、恵が実家に帰省し、なんやかんやあって山本の家に戻った頃のお話。
山本の家にて、恵は少しだけ居心地の悪さを感じていた。
山本は今、大学で講義を受けている真っ最中。
家の中には恵一人。取り込んだ洗濯物もさっき畳み終わって、夕飯の仕込みも滞りなくて、少しだけ暇になったからこそ感じた感覚だった。
「あたし今、山本と二人で暮らしているんだよね……」
その言葉は、家事が少し落ち着いた今だからこそ出たものだった。
意中の相手から貸してもらったタブレットで見ていたのは、皆大好きスカッと系動画。ただ、彼女の頭に今、その内容は全然入ってきていなかった。
想い人との二人暮らし。
一応、つい先日まで別の男と同棲生活をしていた恵であったが、今内心に宿っていたその感情は、この前まで抱いていたそれとは似ても似つかない。
「よく考えたらこの時間、あたし、山本の私物を好き放題に出来るんだよね」
実に浅ましい考えである。
「この発想はいけないなぁ。なんだか変態みたいだ」
自覚があることがせめてもの救いか。
「……ふぅ」
深いため息の後、恵は立ち上がった。
邪心を振り払おうと思った。ただし、既に七割くらいは発散済みだ。
邪心の振り払い方について、恵は手段を一つ持っていた。
幼少期から高校時代にかけて、恵は口うるさい父との喧嘩が絶えなかった。そのことを愚痴交じりに灯里に相談したことが、手段を手に入れた理由の一つだった。
ヨガ。
独特なポーズをとって、瞑想し、雑念を払い、心を落ち着かせる行動のことである。
高校時代からのヨガの実践により、恵はその行為での効果具合を認識していた。故に今、久しぶりにヨガをしようと思ったのだ。
「最近、むくみとか酷くなっていたから丁度いいや」
しかし、恵の心の中は既に、雑念で溢れかえっていた。
時計が時間を刻む音を聞きながら、ゆっくりと呼吸をして、恵はヨガを実践していった。
ヴィーラバッドラーサナ。
パリヴルッタトリコナーサナ。
ナタラージャーサナ。
一体、どれくらいの時間が経っただろうか。
玄関の扉が開いた。
「うおっ」
男の小さな悲鳴。
恵は、ゆっくりとまぶたを開けた。
視線の先にいたのは、怪訝な顔の山本だった。
「おかえり」
「何やってんの、お前」
「雑念を振り払ってるの」
「は?」
「最近、運動不足でさぁ……。ちょっとダイエット」
「雑念振り払えてないじゃねえか」
しばらく恵は、山本の怪訝な視線を感じながらヨガを続けた。
いつもなら、もう少し他人の目を気にしそうなものだが、ヨガ中で心が落ち着いているせいか、今はそこまで視線が気にならなかった。
「ふう、楽しかった」
恵はヨガを止めた。
「……あれ、山本。ずっとそこに立ってたの?」
晴れやかな心で、恵はリビングとキッチンの境で腕を組んでいた山本に尋ねた。
山本は、考え込んでいるようだった。
自分を見つめて難しい顔をしている山本。
恵はしばらくして、ドキリとした。
しばらく山本の視線を浴びながらヨガをしていたが……思えば、様々なポーズをする中で、体のラインが強調されるようなポーズもあった。
今の恵の出で立ちは、Tシャツとショートパンツ。
もしかして山本は、その格好で、そのポーズを間近で見て……。
……もしかして。
もしかして!?
恵の心臓が、うるさいくらいに高鳴った。
「なあ、林」
山本の声は、落ち着いていた。
「ヨガ……って、どうやるんだ?」
「え?」
「ヨガって、どうやるんだ?」
「……」
「ヨガって、どうやるーー」
「ヨガヨガうっさい!」
恵がヨガに深い嫉妬をした瞬間である。
しかし、恵はすぐに落ち着いた。
たかだか自信のあるボディラインに興味関心を示されず、ヨガに掻っ攫われただけではないか。
落ち着け。
おおお落ち着け。
恵は、大きく息を吐いて、山本にヨガについて説明することとなった。
致し方ない。
恵は思った。
確かに自分は今、ヨガに嫉妬した。
自分のボディラインに目も暮れられなかった上に、興味関心を奪ったヨガに。
自分の想い人を簡単に奪ったヨガに。
確かに今、恵は少し嫉妬した。
しかし!
いくら嫉妬したからと言って、それでヨガに対する誤った知識を植えつける程、自分は落ちぶれていない!
「まず、ヨガってまとまった時間がないとやり辛いよ。それこそ、大学にバイトに忙しいあんたには向いてないと思う」
そんなはずなかった!
「そ、それに……ヨガって結構体力使うから。さ、最近運動していないあんたじゃすぐに根を上げるよ」
嫉妬心メラメラだった!
「そ、それよりも、今日の夕飯、シチューなんだよね。味見する?」
恵は山本に言ってほしかった。
シチューか。
じゃあ、ヨガは後でいいか。
そう言ってほしかった。
「いや後でいい」
恵がヨガに完全敗北した瞬間である。
恵は落胆しながら、渋々山本にヨガを教えた。
それから山本は、掃除の後にはヨガを必ずするようになる程、ヨガにのめり込むことになるのだった。
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