フラグクラッシャー
「申し遅れました。あたしの名前は竹下寧々と言います」
「あ、山本です」
竹下とやらが深々と頭を下げるものだから、俺も椅子から立ち上がって頭を下げた。
まさか、こんな形で再会を果たすことになろうとは思ってもみなかった。
正直……ビビっている。
何にビビっているかってそりゃあ、彼女と再会を果たせた運命……などではない。俺はそんなロマンチストではない。気色悪い。身の毛がよだったわ。
俺がビビっていること。
それは、俺の目の前で俺に睨みを利かせている女についてだ。
お前、そんな顔も出来たんだな。
そう思うくらい、今の笠原の顔は怖かった。まるで般若のようだ。……それはさすがに誇張しすぎか。少なくとも当人にそれを言ったら殴られそう。
あいつとの交際期間は、俺の体は常に生傷が耐えなかった……。
あ、そんな設定なかったわ(笑)。
「あの……っ」
「あ、はい」
「昨日は本当に、ありがとうございました。あのハンカチ、大切なもので。失くしたらと思ったらゾッとして」
「そんなに大切なハンカチだったんですね。だったら良かったですね。失くさずに済んで」
「はい。本当に、ありがとうございます」
……しかしなんだ。
こう何度も頭を下げられると、気まずいな。
俺は頭を掻いた。
正直、この場から一刻も早く逃げ出したい気分だ。
……目の前にいる女から何かされる前に。
「あの、出来ればお礼をさせてもらえませんか……?」
「えっ」
わかりやすい嫌がる声が出てしまった。
「駄目ですか?」
……お礼、か。
まあ、それくらい大切なハンカチだったのなら、お礼をしたくなる気持ちもわからんでもない。
俺はどうされたいのだろう。
目の前にいる笠原のことは一旦置いておいて、彼女にお礼をされたいのかどうか。
……俺は、少し考えることにした。
「はい。不要です」
そして、そう答えを出した。
「えっ」
「だって、ハンカチ拾っただけですから」
少女は呆気に取られていた。
「俺からしたらやって当たり前のことをしたまでだ。それでお礼をされるなんて、善意の押し付けのようで気分が悪い」
うわー……。
誰かが呟いた。
というか、笠原が呟いた。
凄い声だった。
誰かの行いに対して、ドン引きしました、と申告をするかのような……そんな声だ。
お前、俺と彼女が再会を果たすの、嫌だったんじゃないんかい。
思わず胸の内で突っ込んでしまった。
林との罰ゲームを受け入れろと言ってきた癖にその態度。
本当に俺は、いつもこいつに振り回されてばかりだ。
「……でも、本当に大事なハンカチで」
「だったら、お礼は要らないから。対策を講じろ」
「対策……?」
「そうだ。次はハンカチを飛ばさずに済むような対策だ」
「……対策」
「大切なことだろう。あなた、ハンカチを風に飛ばされて誰かに拾われる度にそうやってお礼を、とするつもりですか? そんなの非効率だし、俺のようにお礼が要らないと言われたらどうするんです。あなた、ひたすら悶々するだけじゃないですか」
「相手を悶々とさせてる自覚はあるんかい」
「なんだ笠原。大層呆れたように言いやがって」
「大層呆れているの。君は本当に……まったく」
「まったく、じゃわからん。言いたいことがあるならはっきり言えよ」
「そういうのを察するのが大切って言っているんだよ?」
「……うぅむ」
そういうもんか?
まあ、笠原が言うならそういうもんなんだろう。
本当、俺は笠原に振り回されっぱなしだなぁ。
「……じゃあ」
俺達の口論を聞いていた竹下さんとやらが、口を開いた。
「対策を一緒に考えて、と言ったら、お時間を頂けますか?」
「……ん?」
「あたし、もうハンカチを飛ばすことも、お礼をすることも、お礼を拒まれて悶々とするのも嫌なんです。だから、一緒にどうすれば良いか考えてくれませんか?」
「いや普通に、スカートのポケットじゃなくてカバンにハンカチを仕舞ったらどうだ?」
「……」
「そうすれば仕舞い損なうようなことはないだろうし、仮に飛ばされたり落としたりしても使用前後に限るから、流石に気付けるだろう?」
「……そう、ですね」
「じゃあ、次からは気をつけるんだぞ」
「はい……」
「行こうぜ、笠原」
「……あ、うん」
女子を置いて、俺達は食堂を後にした。
「……流石、山本君はフラグクラッシャーだね」
「は?」
「そうやって何人、女の子を泣かせて来たんだろうってこと」
「……まあ、トラブルを起こして泣かせた人数は最早数え切れんな」
「そうじゃない……けど、まあ近いか」
「……そもそも、彼女と深く関わるなと言ったのはお前だろう」
「あれ、あたしとの約束のために突っぱねるような言い方をしたの?」
「……そう思うか?」
「君に限って、それはないねぇ」
理解が早くて助かる……ような、そうじゃないような。
「君は嘘はつかない。だから……善意の押し付けみたいで気分が悪い。さっき言ってたそれが答えだろうね」
「……まあな」
「もっとオブラートに包めばいいのに」
「それが出来たらお前らにトラブルメイカーだとか言われてないわ……!」
「確かに」
あはは、と笠原は笑い出した。
……失礼な奴だ。こんなことで馬鹿笑いするなんて。
……しかし、結局、林との約束はこれで反故にしてしまったな。
致し方ない。
ここは諦めて、罰ゲームとして……掃除用具を林に買ってもらいつつ、掃除用具の整理は諦めよう。
いやはやまったく……本当一体、これのどこが罰なの?
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