不機嫌な元カノ
「うーん」
大学に着いてからというもの、隣にいる笠原は今みたいに唸ってばかりだった。
思えば、こうして笠原と一緒に登下校をする、というのは中々に久しい。個人的には少しだけ昔を懐かしむ気持ちもある。というのに、そのムードをぶち壊すような態度である。
まあ、終わった関係だし、それも仕方のないことか。
僅かばかりに過去を引きずる俺の方が女々しいって話だ。
「さっきからどうした、そんな唸って」
「え? ……あー。まあ、平たく言えば君のせいだね」
「なんだ。そうかそうか」
俺は苦笑した。
「じゃあいつも通りだな」
「……そうだね」
クスッと笠原は笑った。
「ねえ山本君、君にとっては心苦しい提案だと思うんだけどさ……」
「なんだ」
「今朝の罰ゲーム、呑んでくれないかな?」
「あー、構わんぞ」
「……そうだよね。どっちでも良さそうだったし」
笠原の言う通りだった。
一日と少しじっくりと考えた結果、正直今回のご褒美、罰ゲームは俺にとってどっちでも良い事柄になった。
まあ強いて嫌なことを挙げるとすれば、俺がこのゲームを出来レース化させたことが林にバレたら、どんな報復に遭うかわからないってことくらいか。
「それにしても、林の傍若無人ぶりには呆れるばかりだな」
「そんなに責めないであげてよ。メグだって、君のためを思っての行動なんだよ?」
「……そう言われると返事がし辛い」
「アハハ。ホント、大事にしないと駄目だからね?」
「ああ」
「……本当にわかってるんだか」
早朝の大学は相変わらず静かだ。
俺と笠原は、食堂で一限目の予習を始めた。雑談は程々に行っていた。この感じもまた、何だか随分と久しく感じる。
「なんだかお前とこういう時間を過ごすのも懐かしいな」
そう言うが、笠原から返事はなかった。
勉強に集中しているからって、無視までしなくても良いのに。
「そういえば、笠原。どうしてお前はさっき、俺に罰ゲームを受け入れろと言ったんだ?」
再び勉強に勤しんでいたが、今日は中々集中が続かず、俺はまた笠原に話しかけていた。
「……別に。戦略的撤退を勧めただけだよ」
「また小賢しい言い方しやがって」
「だってメグ、また怒り出すよ?」
「は?」
「女の子を部屋に連れ込んだら」
林が、俺の部屋に女を連れ込んだら怒る?
頭の中でポワポワとそうなった図をイメージしてみた。
浮かんだ図は、仲睦まじげな女子二人と、居た堪れない雰囲気の俺。
「そうかぁ?」
「付き合ってた頃からさ、山本君って本当、鈍いよね」
珍しく笠原の口調が本気だ。
「……すまん」
「別に悪いことじゃないんだよ? でも、あたしは許せても許せない人だっているよ」
「お前が許してくれるなら、それだけで十分だがな」
「……はー」
笠原はわざとらしいため息を吐いた。
「まあ、良いよ。付き合っていた頃と違って、今はあたし、山本君がどうなろうと知ったこっちゃないもん」
今日の笠原は……なんというか、発言が一々トゲトゲしい気がするな。
「笠原、俺、お前を不機嫌にさせるような何かをしたか?」
「知らない」
「……知らない、じゃないだろ。もし悪いことをしてたら、キチンと謝る。そうして今後、どうすればよいかを話し合いたい。それが誠意ってもんだ」
「じゃあ……っ。ともかく、例の子とは再会しないこと。それだけだから」
「……ああ、うん」
釈然としないが、これ以上話を続けることは余計彼女の機嫌を損ねかねないと思って、俺は渋々頷いた。
……まあ、色々とわからないことが増えた現状だが、とりあえず後数時間後に開始する講義に向けての予習はしっかりやろう。
そう思った俺は、机に広げた参考書に視線を、ようやく移した。
丁度、その時だった。
「あのっ」
あまり人気のない食堂。
そんな食堂の片隅で勉強に勤しむ俺達の前に、声が響いた。
「……あ」
顔を上げた先にいた人。
その人は……。
ギロリ、と笠原に睨まれた。
嘘だろ。不可抗力だ。
再会しないよう釘を刺されたから、その約束は守ろうと俺はキチンと思っていた。
だけど……向こうから話しかけられたのなら、仕方がないじゃないか。
「昨日は、ハンカチ。拾ってくれてありがとうございます」
顔を上げた先にいたその人。
今、俺に向けて頭を下げてくれているその人。
それは、まごうことなき、昨日俺と会話をした件の女子だった。