あちゃー
「どうでもいい……」
「……ですって?」
静まり返った部屋の中で、わなわなと震える俺と林。
数刻の沈黙。
その間、色んな感情が浮かんでは消えていく。
「確かに」
「いや納得するのかよ」
林の豹変具合に、俺は呆れた。
今回の件、やっかみをかけてきたのは林の方だ。彼女がどうでもいいことに同意した、というのなら、これ以上の問答は不要だ。
「だったら最初から口論なんてさすなよ」
ただ、少しだけ文句を言いたくなって俺は唇を尖らせた。
一方的に吹っかけてきた口論、どうでもよくなったで流すのはちと酷い。
「う、うっさいなあ」
「メグ、どうして山本君の提案を断ったの?」
「え……?」
恐らく、感情的になったあまりに俺の提案を断ってきた林は、笠原からの問いに唸り始めた。
どうやら衝動的な感情だったようで、言語化は中々難しいらしい。腕を組んで、さっきからうーん、うーんと、まるで熱にでもうなされているようだ。
「癪だったから?」
「閃いたように最低なこと言ってる……!」
俺は呆れてしまった。
まさか、そこまで衝動的に頭ごなしに否定されていたとは、驚きだ。
「だって……! いつもは自分本位だなんて講釈垂れてくる奴が、いきなり殊勝げなこと言い出したら凄いイラッとしない?」
「おいおい、お前、俺のことそんな風に感じてたのか? 笠原からもなんか言ってやってくれよ」
「え……? あー、うん。うーん。あー……まあ、ね。エヘヘ」
話を振った笠原の歯切れの悪さは尋常ではなかった。
まさか、笠原も林と同じようなことを思っていた口か?
……まさかな。ないない。絶対ない。
「まあ、いいや。とにかく話はまとまったな」
わざとらしい咳払いをして、俺は続けた。
「それじゃあ、約束は果たしたわけだけど、その約束のご褒美はなしってことで。ついでに、ちょっと増えすぎた掃除用具は整理する」
はい。これで話は終わり。
そう思った俺だったが、
「メグ、何か言い足りないことある?」
笠原が釈然としない顔をしている林に話を振るのだった。
「んー? んー。いやさ、あたしは簿記の勉強で結果出せたら頭撫でてもらえるのに、なんか悪いなあって」
「ゲホッ」
咳き込んだのは笠原だった。
「ちょっ、大丈夫? お味噌汁で咳き込まないでよ」
「ごめ……っ。ふ、二人の関係、結構進展してるんだね」
「進展?」
「どこが?」
笠原は林から渡されたティッシュで口元を拭いながら、大きなため息を吐いた。
笠原の介抱を終えて、結局俺は話をぶり返すことにするのだった。
「いいよ、別に。頭撫でるくらいわけないしな」
「でも……勉強だって教えてもらってる」
「そういえば山本君、成績良かったもんね」
「あー、まあ、それも苦ではないから大丈夫だ。気にするな」
「……この部屋にも住まわせてもらってる」
「もう家賃折半にしてるだろ」
「……ぐぬぬ」
こいつ、どうでもいいと結論付けた割に引き下がらなさすぎないか?
意外と優柔不断なところあるよな。
高校時代のこいつも知る俺からしたら、こいつがここまで優柔不断なことは少し意外だった。
「……わかった」
「そうか、ようやくわかってくれたか」
「昨日話した人、今日家に連れてきて?」
「なんで!?」
飛躍した話に、ついつい声を荒らげてしまった。
さも当然のように、林は味噌汁を啜っていた。
「お前、なんか横暴が過ぎない?」
「でも、それでこそメグみたいなところあるよね」
「あー、まあなぁ」
「二人があたしのことどう思ってるかよくわかった気がするよ……」
はあ、と林はため息を吐いた。
「あんた、昨日折角友達候補と話せたんでしょ?」
「そんな人を物みたいな……」
「ともかく、折角話せたんだからこの機を逃す理由はないよ。タイミングを逃すと、話しかける機会、一気に失うよ」
「今が好機だと?」
「そう」
「……ちょっと待て。もう一回話すくらいなら、別に家に連れてくる必要ないだろ?」
「え、普通友達と話したら家に遊びに連れてくるもんじゃないの?」
「それは陽キャだけだ。……というか、そんなの陽キャの更に上澄みだけだろ」
そんなトップ層な人間……高校時代の林と笠原くらいしか思い当たらないな。
ああ、だから常識だと思っているのか。
「とりあえずわかった。で、今回の罰ゲームは?」
「ご褒美をもらうことと、罰ゲームを回避すること」
「罰とは……?」
よくわからん問答の末、俺と笠原は大学の近くギリギリの時間となったため、家を追い出された。
ちなみに今回の件は、広いキャンパス内から件の人を探す必要があるため、笠原の使用は許可してもらえた。
「メグにも山本君にも、あたし、チートアイテムだと思われてるの?」
家から出ると、笠原は珍しく不満そうに文句を言った。
「すまんすまん。力を貸してくれよ」
何の気なしに、最近の癖で、俺は笠原の頭を撫でていた。
「あ、すまん」
すぐに気づいて手を離すと、笠原は呆気に取られたように俺を見ていた。
しばらく、俺達は見つめ合っていた。
目を逸らしたら負け。
そう思ったから、さっさと目を逸らした。
「なるほどねぇ。メグはこれにご執心なんだ」
横目に見た笠原は、憎たらしいくらいニヤニヤしていた。
「悪かったな」
「ううん。じゃあ件の人を見つけられたら、あたしもご褒美で頭撫でてもらおうかな」
「……好きにしろ」
「うふふ。……そういえば山本君」
「なんだ?」
「件の人は男の子? 女の子?」
「女だが」
「……」
「笠原?」
「あちゃー」
何かまずいことでもあったのか、笠原は額に手を当てていた。