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ベタ

 朝からは散々な目に遭った。

 いつもよりも気だるい体を必死に動かしながら、俺は一限目の講義のある棟へと歩いていた。

 俺が今、こんなにも疲労困憊なのには理由がある。それは、まあ言うまでもないだろうが、どっかの笠原のせいだ。


 笠原の奴、俺が林にご飯を提供してもらっていることを話した途端、目の色を変え始めた。

 そして、俺に根掘り葉掘り、林の手料理に関する話を聞き出し、聞き出した後には懇願が始まった。


 どんな懇願かといえば、要約すると一緒にご飯を食べさせろ、とのことだった。

 理由は色々あるらしい。


『大学に入って、早半年。一人のご飯が少し寂しいの』


『アルバイト終わりに家に帰ると、灯りが灯ってない。電気を点けた時に少し泣きそうになるの』


『だから別に、メグの手料理が食べたいわけじゃないの』


 全部、わかりやすい嘘だった。

 まったく、笠原の奴……。林の手料理が食べたいのなら、素直にそう言えば良いものを。


 前々から思っていたが、そもそもあいつ、林に対する想いが重すぎないか?

 親友という関係を築くと、人は皆ああなるのだろうか。

 ああいうのを見ると、俺は親友なんて一人も作りたくないと思ってしまう。


「そんなことはともかく、どうしよう」


 笠原への呆れも忘れて、俺は少し途方に暮れていた。

 結局、林との約束を果たすため、頼みの綱だった笠原の協力を得ることは出来なかった。

 

 さて、どうしたものか。

 俺は腕を組み唸りながらキャンパスを歩いていた。


 ……まあ、正直なところ、どっちでも良いんだよな。

 林との約束を果たせようが、果たせなかろうが。林の提示したご褒美も罰ゲームも、今の俺には大きな労力を払う価値は見いだせていない。


 だから、成り行きに身を任す、というのも一つの手かもしれない。

 

『メグは山本君に、そんな感じで他人と接してほしいから、そんなことを言い出したんじゃないと思うんだけどなあ』


 ……と、思ったのだが。

 どっかの誰かの発言のせいで、決意が揺らぐ。


 自分のこと、割り切りの良い人間だと思っていたのだがな。

 まさかここまであーだこーだ悩むことになるとは。


 まもなく講義が始まる時間だからか、キャンパス内は早朝に比べて人が増えてきていた。

 そこそこの有名大学である我が校のキャンパスは、講義の時間が近づくにつれて、キャンパスの人口密度が高くなる。

 新宿だとか渋谷だとかの混み具合には勿論負けるが、若人が多い分、バイタリティに当てられて疲労は増すばかりだ。


 そんな時だった。

 前方を歩く少女のポケットのハンカチ。

 キチンとポケットの奥にまで仕舞われていないハンカチは……キャンパス内に建てられたそれなりの高さの研究棟と、冬の始まりを予感させるからっ風に煽られたのだ。


 フワリと舞ったハンカチ。

 少女は、そのハンカチに気づいた気配はない。


 そしてハンカチは、俺の足元へと舞い落ちた。


 ……そういえば。

 都会の駅構内で、たくさんの人に踏まれて雑巾のように汚れたハンカチを見たことがあったことを思い出した。

 特に、ハンカチに想いを馳せたわけではない。落とした主の心配をしたわけでもない。


 ただ、鮮明に記憶に残り、そうして今、それが蘇っただけだ。


 ただ、それだけだ。


 だけど、折角俺の足元に落ちたそれに同じ想いを浴びせさせる必要はないんだなと何の気無しに思った。


「あの」


 ハンカチを拾い、落とした少女に声をかけた。

 ビクッと肩を揺すった少女は……怯えた顔で振り返った。


 少女は、俺の顔を見て、手を見て、気づいた。


「落としましたよ」


 返事はなかった。

 動きもなかった。


 ふと俺は、高校一年の時、隣の席に座っていた少女の消しゴムを拾ってやった時のことを思い出していた。


 横柄な性格をしていた少女は、あの時、落とし物を拾った俺に発したのだ。


『ちっ』


 ……。


「ありがとうございます」


 丁寧なお礼。

 丁寧な会釈。


「え」


「え?」


 素っ頓狂な俺の声に、少女は首を傾げた。

 ……よく見れば少女は、加虐心をそそられるような、庇護欲を駆り立てられるような、華奢な、林とも笠原とも違う、女の子らしい女の子だった。


「すみません。落とし物を拾って、お礼をされると思ってなくて」


「え、普通されませんか?」


 それがされなかったんですよ。

 とは言えず、俺は苦笑いを浮かべた。


 そして、ハンカチを少女に手渡した。

 

「ありがとうございます」


「落とし物を拾っただけなので。それじゃあ、俺はここで」


「あ……」


「ん?」


「……いいえ、なんでも」


「そうですか。それじゃあ」


 俺は少女と別れ、講義が行われる棟へと向かった。

 そんな時だった。


 ……あれ?

 あれあれ?


 もしかして俺、今……学生の誰かと会話をした?

 林との約束、達成した?


 いやいや、待て待て(笑)。

 そんなことあるはずないだろ。

 だって、俺だぞ?

 他人と会話をしろって言われただけで、面倒だからヤダ、とかいう、面倒臭い男だぞ?


 まさか。そんなまさか。

 こんなに早く約束達成するはずないだろー。


 ……あれぇ?

 いや、しているな。

 完全にしているなぁ。


 ……やったぜ。


 とりあえず、林に報告しよう。

 そう思った俺は、スマホを開き、林へとメッセージを送った。


『約束果たしたぞ』


『どんなこと話したの?』


 林からすぐに返事が返ってきた。

 だから俺は、すぐに返事をすることにした。ここで時間を使うと、嘘認定されるかもわからんと思ったからだ。

 あくまで、ありのまま、起きた事実を知らせることにした。


『風で舞って足元に落ちてきたハンカチを拾って、呼び止めて渡した。お礼も言われたぞ』


『何それめっちゃ嘘臭いんだけど』


『わかる』


 それは、書きながら俺も思っていた。

ベタな展開って一周回って新鮮だよね。

でも一々女の子と良い雰囲気になる必要なくない(怒)


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[一言] 「そんなの会話といわん」 ぐらいにバッサリいかれるかと思ったがw
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