小さな変化
まさか向こうから声をかけられると思っていなかった俺は、少しだけその場で立ち竦んだ。
ただ、すぐに気づいた。
「お前、随分と早くに大学来てるんだな」
「え? ……あー、アハハ。朝ごはん作るのが面倒で」
恥ずかしそうに、笠原が笑った。
大学の食堂。ここでは、一人暮らしをしている学生の支援の一環として、昼ごはんだけではなく朝ごはんの時間にも定食を食べることが出来るのだ。
大学一年の十一月。
気温が下がり始めて、朝食一つ作るのさえ面倒くさそうな時期だから仕方がないか。
「……も、もうっ。山本君、ジッとこっち見ないでよ。何だか恥ずかしいじゃん」
「恥ずかしがってたのは、バッタリ会った段階からだろ。何今ようやく恥ずかしくなったみたいに装ってんだ」
「そ、そんなに不躾に言わなくたっていいじゃん……」
拗ねる笠原を見るのは、思えば初めてかもしれない。
「……すまん」
「いいよ。……それにしても、山本君も朝早いね。ご飯食べるため?」
「いや。俺はいつもこの時間だから」
「へー。あー、まあ山本君だもんね!」
「信頼が厚いようで結構」
俺達は微笑みあった。
高校三年の時、数ヶ月だけ笠原とこうして毎日微笑みあった時期があったが、今ではあの時のことさえ遠い記憶のように思える。
「それで? 山本君、どうかした?」
「……立ったままも何だし、朝ごはん買ってこいよ」
「……アハハ。じゃあ、ちょっと待ってて」
笠原のカバンが置かれた椅子の隣に腰掛けて、俺はしばらくスマホをいじって、笠原の帰還を待った。
「おまたせ」
「気にするな。こちらこそ、急に悪いな」
「いいよぅ。あたしと山本君の仲じゃんか」
「そうだな。そうかもしれない」
感慨深く呟くと、笠原がご飯を食べ始めた。
小さな口を静かに開き、細い指で掴む箸の先のご飯を食してく彼女に、気づくと俺は少し見惚れていた。
「……山本君?」
「ん?」
「あんまり見られていると、食べづらいんだけど」
「……すまん」
「大丈夫」
微妙な空気が流れた。
「食べながらになるけど、話、聞くよ?」
先に口を開いたのは、笠原だった。
雑談をして忘れかけていたが、そういえば俺は、笠原に何かを相談するために近寄ったのだった。
何を相談するためだったか。
……そうだ。
「笠原、手軽な友達を紹介してくれないか」
「ゴホッ」
笠原が咳き込んだ。
「大丈夫か。いきなり咳き込むだなんて、一気に食べすぎだろ」
慌てて笠原の背中を擦りながら、俺は気づく。
そういえば笠原、そんなに急いでご飯を食べている様子はなかったな、と。
「……山本君、いつからそんなプレイボーイになったの?」
「は?」
「……あー。何だ。いつもの山本君のやつか」
一人で取り乱して、一人で納得して。忙しい人である。
「それで山本君。メグに何を言われたの?」
「え、なんで林が出てくるんだ」
「違った?」
「いや、合ってる」
「じゃあ、何言われたの?」
驚くくらいスムーズに進む話。
少し面食らったが、説明する手間が省けてラッキーと思うことにしよう。
かくかくしかじか。
昨晩から今朝にかけての林との出来事を、俺はなるべく丁寧に笠原に伝えた。
「……ふぅ」
ひとしきり事情を伝えた後、俺は小さなため息をついた。
丁度、時を同じくして、笠原は朝ごはんを食べ終わったようだった。
「とりあえずわかったよ」
「そうか、助かる」
「うん」
笠原は頷いた。
「つまり山本君は、自分の私欲のために幼気なあたしの友達を誑かそうって魂胆だったってことだね」
そして、イタズラ好きの子供のような無邪気な笑みを俺に見せた。
そんな笠原に、俺が発する言葉は……決まってる。
「ああ、大体合ってる」
「合ってるけど、納得しないでよー」
仕方ないだろ。
客観視すると、今の俺のスタンスは、これから交友を築いていこうとする相手に失礼極まりない。
ただ、仕方ないだろ。
掃除用具出来れば欲しいし、出来れば捨てられたくないんだもの(クズ)。
というか、人間関係なんてそんなもんだ。
誰もが自分の利益のため、友人関係を築いていくのだ。
所詮、人は自分本位な生き物なのだから。
「大丈夫だ。弄んだりはしない。事情はすべて話した上で、謝罪もし、ただ一言会話をしてもらう。それだけで俺の目標は達せられる」
「メグは山本君に、そんな感じで他人と接してほしいから、そんなことを言い出したんじゃないと思うんだけどなあ」
「それは……まあ、そうだろう」
「そうだよ」
「……ただ、生憎俺は今、友達を特別欲してはいない」
それが、こんなまどろっこしいことを思いついた俺の思考回路だ。
まあ、クズであることには違いないな。
「山本君は、ずっとそうだよね」
笠原の声色は、ほんの少しだけ俺を責めるようだった。
「多分、山本君は人間付き合い自体が嫌いってわけじゃないと思う。ただ、君は大体のことなら自分で出来ちゃうから。だから友達付き合いが最優先事項にならないんだよ」
「……俺程、他力本願な男はいないと思うぞ?」
「……もしそうだったら、あたし達、最初の文化祭であんな失敗しなかったよ」
それはまあ……そうだな。
「君は、他人に期待しないよね」
畳み掛けるような笠原の声は、今度はどこか寂しそうだった。
「だから、自分に出来ることは大抵、自分で何でもしようとするの」
「……そんなことはないと思うがな」
「そんなこと……」
笠原は、苦笑した。
「そうかもね」
笠原はあっさりと態度を翻した。
「最近は、特にそうかも」
「最近……?」
「そう。最近」
お盆を持って、笠原は立ち上がった。
「きっと良い出会いが出来たんだね」
見当がつかない。
「大事にしないとね。その出会い」
しかし、笠原の声は今日一番迷いがない。
「だから山本君。あたしは君のお願いを聞けない。それは、君が応えないといけないことだよ」
俺は、それなりに笠原のことを知っている自負がある。
そんな俺からして、ここまで一切の迷いがない笠原の発言は……間違いなく間違いないのだろう。
良い出会い、か。
……ただ、そんなことはともかく、交渉は決裂だな。
これで俺は、不審者ルートを取ってでも今日誰かと話さなければならなくなった。
「邪魔して悪かったな。腹は満たせたか?」
「ま、まあね……」
笠原の横顔は、少し赤く見えた。
「そ、それにしても山本君はしっかり者だね! ちゃんと自炊出来てるんだ」
「いや、俺は毎日林にご飯を作ってもらってるぞ」
「山本君」
お盆を机に戻して、笠原は俺に顔を寄せてきた。
決死の顔から、彼女の強い覚悟みたいなものが垣間見えた気がした。
「笠原……?」
「詳しく」
「は?」
「それ、詳しく」
笠原の声には、一切の迷いがなかった。
個人的には、山本という人間はとても生きづらい生き方をしていると思いました。
どうしてそんな生き方をしているんだと考えたら、当人に自覚はなくても他人に期待をしていないから、という一つの結論に至ったのです。
何でも自分でやろうとする生きづらい生き方をした男が、周りの人間と関わり、少しづつ考えを改めていく。
これはそんな話だと思うのです。
でも異性との関係見せつけてくる必要ないよね(怒り)
これは嫉妬じゃないから
作者が自分の作品のキャラに嫉妬したらただのヤベー奴だよ
あっ
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