頭を撫でる
林恵をこの部屋に匿い始めて、そろそろ三ヶ月が経とうとする十一月某日。
俺は掃除の合間に、洗濯物を洗濯機から取り出し、ベランダの方に運んでいた。
この部屋に林を匿い始めた頃は、彼女の申し出もあって掃除以外の家事は一通り彼女にやってもらっていたのだが、ここ最近は料理以外の家事はほぼ俺が受け持つようになった。
最近の林は、いつか志すようになった簿記試験へ向けた勉強に熱心に取り組んでいた。そんな彼女の負担を減らすべく、大学生という忙しさとは無縁の立場の俺が一肌脱いだというわけだ。
まあ、一肌脱いだとは言ったが、本来これは俺の仕事なのだから、そんな得意げな顔をすること自体おかしい話である。
「山本山本」
そんな家事負担が増えた最近、俺には一つ憂いことがある。
勿論、それは家事面倒臭え、という話ではない。そもそも俺は、家事みたいなみみっちい作業が嫌いではない。
「ん」
では、一体俺は何に憂いているのか。
「おー……。よく解けてるな」
答えは、林が俺に差し出してきた簿記の参考書。それの小テストの○☓マークを見ればわかるかもしれない。
この前まで捗っていなかった林の簿記の勉強に起因する。
小テストの○の多さ。
一体、何があってそんなにモチベーションアップしたのか。最近の林の簿記の勉強の捗り具合は目を見張るものがあった。
「これなら、次の簿記試験で目的達成出来るかもな」
「うん」
「すごいじゃないか」
「ね、山本」
林の声は少し冷たい。
俺は目を細くして、目覚ましい成長を遂げている少女に視線を向けた。
林は、自らの頭をちょんちょんと指さしていた。
一つため息を吐いて、俺は林の頭を優しく撫でた。
林は嬉しそうに微笑んだ。
最近の林の簿記の勉強の捗り具合は目を見張るものがある。
それはつまり、いつか俺がこいつと交わしたご褒美に頭を撫でる、という約束を果たさなければならなくなったということ。
だが、なんだ……。
頭を撫でただけで、こうも喜ばれると、こっちも照れてしまうというもんだ。
まったく。どうしてこいつは今、俺に頭を撫でられたことを喜ぶかのように微笑んでいるのだ。
それでは、この行為がこいつにとってご褒美みたいではないか。
……こいつにとってご褒美だから、俺にこれを願ってきたんだったな。
いや、そもそもおかしいじゃないか。
同棲する異性に簿記の勉強を見てもらいながら、勉強が捗ったらご褒美で頭を撫でてもらう。それを喜ぶ。
それを喜んでしまったら、まるでこいつ……。
こいつ、俺のことを好きみたいじゃないか。
……。
ないな(冷静)。
ない(断言)。
高校時代、一体俺がこいつにどれだけ嫌われていたことか。
どれだけってそりゃあ、目を合わせれば舌打ちされ、近づけば舌打ちされ、日直でホームルームの司会を任されれば舌打ちされ……。
いや、それは舌打ちされすぎだろ。
どんだけ嫌われてたんだ、俺。
ともかく、ほら見たことか。
俺がこいつに好かれている?
はっ。
そんなのあるわけないだろ、まったく。
「ねえ、山本?」
「なんだ」
「もう少し強めに撫でられる方が好みかも」
俺は黙って、林の頭を撫でる手にわずかに力を込めた。照れ隠しで思い切り手に力を込めそうになったが、なんとか加減を調整した。
「……どうだ?」
返事はない。
無視するなよ、恥ずかしいんだから。
「山本」
「ん?」
「ま、まだしばらく続けていいからね?」
ようやく喋ったと思ったら、なんか変なこと言ってる……。
「これ以上は勉強に支障出るんじゃないのか?」
「出ない……」
「いやいや」
「出ないからっ!」
「……あ、はい」
ここまで言われたら仕方なく、俺は無言で林の頭を撫で続けた。
林は、満足そうに頭を撫でられ続けていた。
作者エタッたと思ってただろー
わかるー
俺も作者エタッたと思ってたー
大変、申し訳ございません!
評価、ブクマ、感想よろしくお願いします!!!




