林恵の苦悩
山本の寝息を聞きながら、あたしはしばらくその場に立ち尽くしていた。一瞬、今目の前で何が起きたかわからなかった。
両目から得られる情報を頼りに、ゆっくりと情報を分析して、そうして気づいた。
あれまさか、あたし今、山本に添い寝断られた?
……いや。
いやあ、そんなことあるはずがない。
そうだ。そうだよ。あるはずがないよ。アハハ……!
……あたしって、そんな魅力ない?
これでも……これでもさ、結構頑張っているつもりだよ?
お肌の手入れもそうだし、スタイル維持のために部屋で出来る限りの運動はするようにしているし、こいつの胃袋を掴めるようにどれだけ料理の勉強も裏でしていることか。
それなのにさ。
ちょっとくらいさ……いいじゃん。添い寝くらいさぁ……。
内心、沸々とした感情が湧き上がってきた。
これはあれだ。
「んもう! なんなのよ、この男は……!」
これは、わかりやすい怒りだった。
「ちょっと山本! 起きて! 起きろ!」
ゆさゆさと山本を揺さぶって大声を出すが、ベッドで寝ている山本は顔を歪ませてうーんと唸るばかりで起きる素振りも見せない。
……山本の無邪気な寝顔、ちょっとかわいいな。
って、そうじゃない!
そうじゃないでしょ、林恵!
浮かれてないでちゃんと状況を見なさいよ。
見なさいよ、この状況……!
覚悟を決めて山本を添い寝に誘ったら断られてあっさり寝られて、意識しているのはあたしだけ。
なんて惨め!
なんて愚か!
このままじゃいけない。
これでもあたしは、高校時代に女王様と呼ばれるような女だったんだ。幾人かの男に言い寄られ、その美貌から女子から妬まれ、勝ち気な態度でそんな女子達を黙らせて……!
それなりにあたしにだってプライドってものがある!
ここで引いちゃいけない!
絶対に!
「ちょっと山本……。山本ぉ」
そう、思っていたのだが、中々起きない山本を見ていたらこれ以上眠るのを妨げるのが可哀想になってきて……。
その結果、更に惨めな気持ちになって。
あたしは、今にも泣きそうな気持ちになっていた。
……何なのよ。
何なのよ、この男は。
いつもは煩わしいくらいに、鬱陶しいくらいに世話焼きなくせに、一番気張ってほしい時にすぐに寝て……。
あたしを悲しませて……!
この男は本当、酷い奴だ。
……それでも、こいつに対する想いが変わらない。全然、変わらない。
これが惚れた弱みか。
ちくしょう……、このバカ山本め!
「もういいよ。勝手に寝てなよ。バカ」
感情のまま、あたしは山本に言っていた。
「あんたはいつもそう。あたしの気持ちなんて二の次で。自分のことばっかり」
なるべく小さな声で。
「……バーカ」
山本を起こさないように、呟いた。
ベッドの端に腰を落として、山本の髪を撫でてみた。男のくせに、女みたいにサラサラなこいつの髪が腹立たしい。
だけど、こうして山本の頭を撫でている時間は、中々に至福の時だった。
もう少し……。
もう少し、こうしていたいな。
でも、これ以上やっていたら、山本、起きてしまうかな。
もし起きたら、言い訳のしようがない。
そしたらきっとあたしは、もう言い訳なんて出来ないに違いない。
それでも、止められない。
仕方ない。
仕方ないよ……。
そもそも、あたしを放って先に寝てしまう山本が悪いんだ。
そうだ。
山本が悪いんだ。
こうしてあたしが悲しい気持ちになっているのに、全然助けてくれない、山本が悪いんだ。
だったら……。
そんな山本に、バツを与えないといけない。
そう、これはバツ。
バツなんだ……。
吸い込まれるように。
導かれるように。
あたしは、シングルベッドに体を詰めながら寝転がった。
真横から、山本のぬくもりが伝わってきた。
おかしい。
おかしいよ……。
心臓が痛いくらいに高鳴って止まらない。
もし、このまま眠ったら、先に起きるのはどっちかな?
あたしかな。
山本かな。
……山本だろうな。
あいつの早起きさは、この数ヶ月、ずっと見てきたから知っている。
寝ちゃ駄目だ。
寝ちゃ、駄目だ……。
ふと、気づいた。
山本って、こんなにまつ毛、長かったんだ。
そろそろエタったと思っただろう?
俺も思った
本当ごめんな
でも、そろそろ皆さんに吉報をお届けしたいとだけ思っている




