林恵の緊張の瞬間
しばらくあたし達は、山本の部屋で談笑を楽しんだ。
山本の実家にやってきて、早数時間。最初は結構緊張したものだが、志穂ちゃんも優しいし、山本と二人きりってのも、東京の部屋で慣れていたからか、すっかりあたしは落ち着きを取り戻していた。
「それにしても、まさか男友達の実家に来る日がやってくるだなんて思っていなかった」
あたしは、落ち着いた拍子にそんなことを言っていた。
「なんだ。高校時代、彼氏の家とかに行ったことないのか?」
「こ、高校時代に彼氏なんていなかったし」
「え、そうなの?」
「あんた、人を見た目で判断しているでしょ」
「……そりゃあ、高校時代のお前を知っている身からしたらなあ」
そりゃあ、高校時代のあたしは……そういう相手の一人や二人、いそうだったけれど。それどころか、男をとっかえひっかえしていそうな風だったけれど!
そんなこと、全然なかったのになあ……。
少しショックだった。
多分、他でもない山本にそう思われていたと知ったからだと思う。
でも、仕方ない。
だってそもそも、これは未然に防げたこと。
あたしが自ら、山本に高校時代の話を振らなければ、起きなかった失敗なんだ。
……でも、だからってそんなこと、面と向かって言わなくたっていいじゃない。
「ふんっ、あんたはどうせ、灯里の部屋に何度も遊びに行ってたんでしょ」
「……いや、まったく。全然してない」
「え、そうなの?」
山本は微妙な顔で黙っていた。
こいつのこの顔も、この二ヶ月の間に結構見慣れる顔となった。
今の山本のこの顔は、とにかく嘘は言っていない。
そういう顔だ。
「へー、そうなんだー。へー」
「お前、言っておくけど今、結構酷い顔しているからな」
「どんな顔よ?」
「相手を貶めてやろうって画策する、悪役の顔だ」
「だっ、誰が悪役だ!」
まあ、山本を貶めてやろう……とまではいかずとも、茶化してやろうくらいのことは考えていた。
だから、そんなこと一切考えてなかった風に噛みつくことはおかしな話、なのだが……つい流れで。
「ひ、人のこといきなり悪役呼ばわりするだなんて。あんた、そんなんだから女の子にモテないんだ」
顔を真赤にして山本に言った後、そう言えば山本が、灯里だけでなくいっちゃんにまで好意を寄せられていたことをあたしは思い出した。
……モテないって言葉は、山本にはふさわしくない言葉だなと今更気づく。
「……も、モテないは今は関係ないだろ?」
しかし、これは山本にクリーンヒットしたらしい。
今は恋人はいらないと言っていたり、そもそもモテないなんてことは全然なかったり。この男の鈍感加減も、呆れてしまうくらいのものだ。
でも、多分こういう男だから山本は、何人もの人から好意を寄せられ、そうして一目も置かれるのだろう。
そんな山本の両親とあたしはこれから顔を合わせる。
初めての顔合わせだ。
さっきまで、少し緊張もほぐれていたって言うのに、意識してしまったせいで、少し気が重くなった。
なんでだろう。
いつもなら、他人と顔を合わせることくらいどうでもいいとさえ思うのに、今日ばかりは失敗したくないとばかり考えてしまう。
そして、そんなことを考えると頭に浮かぶのはマイナスイメージなことばかり。
ゆっくりと考えると浮かぶのは、まだ顔も知らない山本のご両親に、叱責されるあたしの姿だった。
ふう、とあたしは一つため息を吐いた。緊張をほぐすためだ。
「悪かったな」
唐突に謝罪をしてきたのは、山本だった。
「付き添いなんて頼んでしまって。重荷だっただろう。異性の親と顔合わせだなんて」
「……別に。あんたの親の懐からもお金が出ているあんたの部屋に住まわせてもらっている身なんだから、当然のことだよ」
「律儀だなあ、林は」
少し、呆れたように山本は笑った。
……違う。
違うよ、山本。
匿う必要もないドメスティック・バイオレンス被害者の女子を部屋に匿うこと。
高校時代犬猿の仲だった女子を優しく介抱してあげること。
あたしの、支えになってくれていること。
律儀なのは、あんただよ。山本。
あんただから。
あんたがそんなに律儀で優しいから。
だからあたしは、逃げることさえ出来ないんだ。
こんなにも怖いのに。
こんなにも恐れているのに。
逃げずに、立ち向かわざるを得ないんだ。
それに、確信もある。
「ねえ、山本?」
「なんだ」
それは、山本ならきっと……。
「もし……もしさ、あたしが変なこと言いそうになったら、フォローしてね?」
きっと、あたしを成功に導いてくれる。
山本がいたらきっと。
山本の家族とならきっと……。
あたしは、これからも今の幸せな時間を過ごせていける。
山本は言った。
「まずはどんな発言をしたらまずいか、最初にNGワードとして頭にピックアップしておくといいぞ」
実に山本らしい、合理的な解決策の提示だ。
山本君!
この作者のことも成功に導いてくれないかい!?
なんでもしますから!
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