林恵の勘
お風呂上がりの山本の後に続いて、あたしは山本の部屋に入った。
前方を歩く山本はバスタオルで髪を乾かしていた。いつもなら茶々いれついでにあいつの髪を乾かしてやったりすることもあるが、今日はこいつの家なので止めておいた。
「お前、多分志穂、変な誤解をしているぞ?」
部屋に入るやいなや、山本はそんなことを言い出した。
一体、何を言っているのか。
あたしは首を傾げた。
「わからないなら、良いんだけどさ」
まったく良くなさそうに、山本が言った。
小さな声で山本は、あいつこんなに鈍くなかったと思うんだけどなあと頭を掻いていた。
はて、一体山本は、あたしの何を思ってそんなことを言っているのだろう?
心当たりがなさすぎて、あたしは更に大きく首を傾げた。
「で、なんだよ。風呂上がりの俺を捕まえて、カツアゲでもしようってか?」
「は? あたし、そんなことしたことないんだけど」
「だろうな。お前は所謂、不良のような輩じゃない」
……意外と良く見てくれてんじゃん。
一瞬喜びかけて、それなら嫌がらせのような発言をするな、とあたしは不機嫌な顔をした。
不機嫌そうな顔を見せた、というのに、山本は何故だか少し嬉しそうだった。いや、嬉しそう、というか、楽しそう、というか。
「それで、カツアゲじゃないなら何だよ」
高校時代、上京する前まで彼が使っていただろうベッドに、山本は腰を落とした。
あたしは、無意識に山本の真隣に腰を落とした。
そして、返事をしようと思ったのだが……山本は何故か体をあたしから少し離した。
「……なんで離れる?」
「別に。理由なんてないけど」
「あっそ」
あたしは山本に体を寄せた。
「何故寄せる」
「別に。理由なんてないけど」
「……あっそ」
重々しい声で、山本が言った。
どう見ても山本があたしから体を離したのには、理由がある。それがわかったから、ついからかいたくなった。
ああ、いけない。
どんどん話が逸れていく。
あたしはにやけそうになる顔の筋肉を締め直して、咳払いをした。
「志穂ちゃんから聞いた」
「何を」
「……あんた達兄妹の秘密」
山本の空気が変わった。
肌で感じて、すぐにわかった。
「……あいつ、知ってたんだな」
「うん」
「それに関して、俺に聞きたいことがあるってことか」
「うん」
「配慮に欠ける行いでは?」
「ごめん……」
それに対しては謝罪する他ない。
あたしはシュンとした顔で山本に頭を下げた。
「俺以外の奴にはするなよ。気にしてる人だっている」
「しないよ。あんた以外の人になんて」
「それは信頼なのか……。舐められているのか、どっちなんだろうなあ」
山本は呆れた声で言っていた。
そんなの決まってるじゃん。
口には出さないけれど……。
勿論、それは……。
「それで、それを知った上で俺に聞きたいこととは?」
……今は、あたしの気持ちなんてどうでもいい。
今、あたしが言うべきことは。
「あんた、どうして実家に中々帰ろうとしなかったの?」
山本は……少し驚いた顔をしていた。
「なんで黙るの?」
「いや……そう来るか、と思って」
「どう来ると思っていたの?」
「幻滅した、とか。呆れた、とか。そんな感じかなと」
「……そんなこと、思うはずないじゃん」
「思うはずないのか」
「うん」
「……そっか」
山本は、また少し静かになった。
一体、今山本は何を考えているのか。
きっとそれは、考えを巡らせるまでもない。
きっと……それはすぐに、山本が教えてくれる。
山本は、ゆっくりと口を開いた。