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53 静かなる月琴



若麗(ジャクレイ)様が言ってたぬいぐるみ好きは本当だったのね」

白蛇(はくじゃ)娘娘(にゃんにゃん)のぬいぐるみ、鈴鹿(リンルー)たちは好きなのです」

「私は好きなんてひと言も言ってないわよ!」

木蘭(ムーラン)様のぬいぐるみ、春燕(チュンエン)もかわいいって言ってたなのです」

「言ってない!」

「白蛇ちゃんも木蘭様と一緒だと和むって言ってたなのです」

「言ってないったら!」


 再び言い合いを始めた春燕と鈴鹿。

 苺苺(メイメイ)は心の中で『喧嘩するほど仲が良いとはまさにこのこと』と思いながら、「わたくしは夜警に出かけますので、どうぞゆっくりお過ごしくださいね」とにっこり微笑んで、部屋の扉に手をかける。


「ま、待ちなさいよ。主人のいない部屋にいつまでもいるわけないじゃない」


 弾かれたようにこちらを向いた春燕が、ばたばたと持って来ていた水盆を片付け、鈴鹿はぱたぱたと歩いて円卓を整える。

 急いで部屋を出てきた二人に「おやすみなさい」と声をかけた苺苺は、木蘭から預かっていた鍵で、しっかりと部屋を施錠した。




 ぬい様を手にした苺苺は、いつもと同じ時間にいつもと同じ道順を通って紅玉宮(こうぎょくきゅう)を巡回する。

 苺苺の異能は、人々の心に宿る悪意や口から出た悪意を眼で視ることができる。

 つまり意図的に隙を作って恐ろしい女官に謀を行う時間を与えることで、その尻尾が掴みやすくなるのだ。

 犯人を捕まえるために犯人に計画を練る時間を与えるとは皮肉だが、悪意で形代が裂けないということはすなわち、計画が思うように進んでいない証拠でもある。


(そろそろ勝負をつけなくてはいけません。わたくしたちが有利なのは相変わらずです。恐ろしい女官の方が動き出す前に、必ずや捕らえてみせます)


 いくら精神力のある女官といえど、邪魔者への苛立ちは募るだろう。今夜は『白蛇の娘』への悪意が、最大限に膨れているはずだ。

 女官たちの仕事が終わる頃を見計らって、苺苺は紅玉宮本殿の外側に造られた階段から二階へ上がった。

 本殿は紅玉宮の他の建物より高く造られており、四阿(あずまや)造りの楼榭(ろうしゃ)からは四方を観望できる。

 春の夜風が吹き抜ける星空の下、苺苺は欄干(らんかん)のそば近くに寄る。


 ひとり、またひとりと女官たちが紅玉宮内の宿舎に入っていく。

 上級女官は一人部屋を持っているが、他の女官たちは二人ひと組の相部屋だ。

 元西八宮出身の下級女官で、紅玉宮の現体制が発足してからあとに入った美雀(メイチェ)とは、推薦人であり血の繋がった姉妹である春燕が同部屋となり過ごしている。


(真夜中ともなると、ほとんどの部屋の明かりが消えていますね)


 宿舎から出ているのは本殿近くの控え部屋で、あくびをしながらお茶をしている中級女官の二人くらいだろう。

 ほう、ほう、とどこからか(ふくろう)の鳴き声が聞こえてくる。静かな夜だ。


 この時間帯になると決まって若麗の奏でる月琴(ゆえきん)の音が聞こえるが、その優雅な音色と相まって別世界に来たかのような錯覚に陥る。

 灰かぶりの水星宮とは違う、煌びやかな後宮の姿がここにはあった。

 今晩の音色は、雅やかに膨らむ音の中に憂いのような緩慢さが含まれていて、なおのこと幻想的である。


(もしかして、心配事でもおありなのでしょうか? そういえば今朝、若麗様から『紅玉宮で皇太子殿下をお見かけしませんでしたか? 最近皇太子殿下が木蘭様に会いに来られないので、御心が離れられたのかと心配です。苺苺様、なにかご存じではありませんか?』と聞かれましたね……)


 その時の若麗の瞳が、不安そうに揺れていたのを覚えている。

 あれはなにかを〝信じたくない〟と、〝そうであってほしくない〟と訴える目だった。


(紫淵殿下から木蘭様に向けられていた寵愛が失われたかもしれないと、筆頭女官としてご心配されているのやも)


 その心情が憂いとなって、月琴の音色にも表れているのかもしれない。

 そんなことを考えていると、どこからか風に乗ってふわふわと青黒い靄が流れてきて、ゆうらりと苺苺の周囲を取り巻来始める。


呪靄(じゅあい)です。それほど強いものではないですね。わたくしのことを思考している程度でしょうか)


 後宮に上がって形代を作ってからは、とんと視ていなかった自分へ向けられた悪意に触れる。

 そうして幾ばくか経ち、子の刻から丑の刻から差し掛かった頃。

 かたり、と机に物を置くような小さな音がした。


「な、なにやつです……っ!」

「なにやつとは、随分な言い方だな」


 苺苺ががばりと振り返ると、四阿の下には武官の姿に身を包み、見事な長剣を佩いた紫淵(シエン)がいた。

階段があったにも関わらず足音がしなかったのは、さすが武官の格好をしているだけのことはある。


「紫淵殿下でしたか。白苺苺、皇太子殿下に拝謁いたします」

「君からの礼はいらない。俺たちの仲だろう。それほど畏まってくれなくていい」

「はて? どんな仲でしょうか?」

「つれない人だな。こんなにも互いの秘密を共有し合う仲だというのに」

「確かにそうですね……?」


 紫淵は不機嫌そうに眉を寄せて、頬を膨らませる。




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