48 紅玉宮の侍女たち(2)
「あらあら」
「怡君様のお顔、真っ白なのです」
「ごめんなさい、つい驚いてしまって」
若麗と鈴鹿の言葉に、怡君は恥ずかしそうに頬を染めながら、「やっぱり美肌には興味がありますから」と、口元にはにかんだ微笑みを浮かべる。
「作り方は、野苺の葉をそのまま乾燥させて薬草茶になさるのですか?」
「いいえ、葉を摘み取ってからよく乾燥させて作るそうよ。野苺の葉は生乾きのままだと腐敗の過程で酶を生んで、飲むと体内で急性中毒が発生してしまって、場合によっては死ぬこともある猛毒になるらしいの。だけどしっかり乾燥させて作ると、生薬と同じ効果が得られるそうよ」
「まあ。そのお話を聞くと少し怖いですが……美肌に良いとあっては飲んでみたくなりますね」
「ふふふ、そうね」
毒にも薬にもなるという薬草は、生薬にも多い。そしてそういう生薬は希少で、病に非常に効くことも、有名な話だ。
よほど美肌効果があるのだろう、と怡君は再び頬を押さえる。
今朝も皇太子殿下の命で、東宮補佐官様が紅玉宮に来訪された。女官の憧れの的の宵世を前にして、やはり自分の身なりは気になるものである。
「ここだけの話、実は私も、お茶をいただいた日からお肌の調子がいいの」
「若麗様のお肌、最近きめもますます細やで綺麗だなと思っていたんです秘密は薬草茶だったんですね」
「ええ、そうかも。木蘭様のために少し分けていただいて、茶葉用の棚に入れてあるわ。私たちにも分けていただけないか、いつか苺苺様にまた頼んでみましょう」
年長組の若麗と怡君の会話は穏やかに進む。
それになんだかむかっ腹が立ったのは、春燕だ。
「若麗様も怡君様も簡単に絆されないでください! 確かに、白蛇妃が部屋でお世話してる野苺の果実は赤く実って美味しそうでしたけど……。でも、そんな猛毒茶になる野草を育ててるなんて、なにか魂胆があるに違いないわ! 『白蛇の娘』なんて、いつの時代も後宮では災いしか呼ばないんだから。絶対に追い出してやる」
「白蛇娘娘、鈴鹿は好きなのです」
「あんたはぼーっとしすぎなの! 刺繍ばっかりしてる最下級妃が、本当にあやかし避けになるわけがないわ! だいたい、あやかしなんて全然出てこないし。木蘭様を守ったのだって、まぐれだったんじゃないの? ……私にだってできる」
「こら、春燕。口が過ぎるわよ」
「はーい」
「春燕、若麗様に怒られたなのです」
「うるさいわね」
わいわいと木蘭の侍女たちの賑やかな声が厨房に響く。
そんな中、ひとり思いつめた様子で饅頭に包む餡を作る侍女がいた。
「……どうしたの美雀? さっきから元気がないわね」
一番元気の有り余っている春燕が、ひとつ年下の侍女に問う。
ふたりは血の繋がった姉妹だ。地方でそこそこ大きな商家を営む両親を持つ。
両親は姉妹を後宮に入れるため、幼い頃から一緒に手習いをさせていた。
けれど美雀は甘えん坊な性格だったため、春燕が課題を引き受けることもしばしば。
『しょうがない子ね。この課題は手伝ってあげるけど、今度はもっと勉強するのよ?』
『うん、ありがとう姐姐! 姐姐だーいすきっ。私たちは自慢の仲良し姉妹ね!』
『そうね。でも妹妹、後宮では暗記力だって重要なんだから。しっかりね』
そう言いながらもながらも、春燕自身、家族から頼られることは嫌いではなかった。
『姉妹が同時期に後宮に上がっても皇帝の目には止まらん。次の秀女選抜の時、お前は十七を越える年になるが、今は美雀を先に入れる』
三年前。美雀は街一番の容貌から、春燕よりもひと足先に皇帝宮の秀女選抜試験を受けた。
そして次の秀女選抜試験を待つように言い含められた春燕だったが、今年の年始早々に公示された皇太子宮の女官登用試験を知り、父の言いつけを破って後宮へ上がること決断する。
誰かの寵愛を争いたいわけじゃない。むしろ自分は裏方で誰かを支える方が向いている。
そんな自身の性格から鑑みて、春燕は皇太子宮の女官を目指したのだ。
仕える皇族は違うが、どちらにしても後宮。姉妹の再会は近いだろう。
しかし後宮に入ったあとに大事な妹妹に会いに行くと、美雀は『下級女官にしかなれなかった。ここでは誰も私を必要としてくれない。姐姐と家族一緒の暮らしに戻りたい』と、泣き暮らしていた。
『ここは私がひと肌脱がなくちゃ』
そう思った春燕は、筆頭女官の若麗に直談判した。
美雀を紅玉宮の女官にしてもらえるよう頼み込んだのだ。
春燕にとって美雀はなにものにも代え難い甘えん坊の妹妹で、美雀にとって春燕は幼い頃からなにがあっても助けてくれる、心強い姐姐だった。
「だって、姐姐がひどいんだもの。いつも悪口ばかり。もう聞きたくないわ」
「……そう。ごめんなさいね、かしましくして」
「違うの姐姐、気を悪くしないで? 私はただ姐姐が心配なの。悪口を言っていたら、姐姐が意地悪だと思われてしまうわ。……私は姐姐のためを思って言っているの」




