46 紅玉宮の女官・春燕と鈴鹿
女官への説明を終えたあと。紅玉宮預かりとなった白蛇妃、苺苺の部屋にはふたりの上級女官が来ていた。
勝気な十六歳の少女、紅玉宮の侍女の中で第参席を務める春燕。
そして、おとなしく控えめな十四歳の少女、鈴鹿。
どちらも皇太子宮解禁の際に女官登用試験を勝ち抜き、若くして貴姫・木蘭妃付きの上級女官になった、見目麗しく器量も好しの後宮の花だ。
「なんで私たちが『白蛇の娘』の世話なんか……」
「白蛇妃様なのです、春燕」
「だあって! ……私たちは木蘭様の侍女なのに。仮とはいえ最下級妃の侍女なんて、左遷もいいとこよ」
「白蛇娘娘、お許しください。本心ではないのです」
「勝手に謝らないで鈴鹿! 本心よ!」
春めくような容貌と陽の気をまとう春燕と、冬の静けさを思わせる容貌の陰の気をまとう鈴鹿は対照的ではあるが、ふたりの掛け合いからは仲がすこぶる良好らしいことがうかがえる。
「大丈夫ですよ。謂れもなく嫌われるのには慣れていますので」
「うっ」
苺苺がにこにこと笑顔で対応すると、元気の良かった春燕が怯んだ。
苺苺はぴかぴかの笑顔でにこにこし続けながら、ふたりを観察する。
「ちょっと、なんなのあいつ! ……ごほっ、ごほっ」
「白蛇妃様なのです。ほら、興奮しすぎは身体に毒なのです。大丈夫なのです?」
「興奮なんかしてない。ちょっと咳き込んだだけ。いつものやつよ」
ふん、と春燕がそっぽを向く。
(……不覚にも眠ってしまった昨晩でしたが、『恐ろしい女官発見器』と化したぬい様に変化はありませんでした)
犯人である女官が木蘭への悪意を抱くのをやめた、と判断するのは時期尚早だろう。
隠密に犯人探しをしたかったが、どうやら苺苺の存在事態がなんらかの抑止力になっていて、『恐ろしい女官発見器』に引っかからなくなってしまったようだ。
苺苺は女官ふたりのやりとりを眺めつつ、頭の中では今朝方の木蘭と宵世との作戦会議を思い出す――。
朝方、水星宮にある野苺の寄せ植えを古盆器に植え替えて紅玉宮へ運んでくるという任務を終えた宵世は、堂々と室内に居座り、「どういう風の吹きまわしです?」と心底不服そう木蘭に問いかけた。
「警戒はできています。僕の得意分野ですから」
――事情を洗いざらい話せ。でなければここから出ていかない。
そう言外に含んだ問いかけに、頑固だなと言いたげな顔をした木蘭が、昨晩からの事情を語り出す。
宵世は少しだけバツの悪そうな顔をしながら苺苺に向かって、「木蘭様をお守りする仲間なので、東宮補佐官じゃなくて〝宵世〟でいいです」と言い捨てると、今度こそ堂々と居座ることにしたらしい。
こうして、「頭痛が痛い、みたいなひどい状況だ」なんて頭を抱えた宵世が、恐ろしい女官探しの仲間に加わった。
「ということは、『白蛇の娘』の異能を警戒して鳴りを潜めることに徹底していたか……。わたくしの存在のために、木蘭様に対して悪意を抱く必要がなかったと考えられます」
昨晩は【お泊まり会をする】という内容の文を皇太子殿下宛に出すように、木蘭がわざわざ女官たちに命じている。
狙いは〝皇太子殿下が駆けつけたりしない密室を作り出すことで、好機と捉えた犯人が悪意を持った計画を練るのをうながす〟ためであったが、逆に皇太子殿下の訪問はないと知って、寵妃へ抱く悪意の溜飲が下がった……なんて可能性も考えられる。
「その、呪毒でしたっけ? それを生じさせるまでに精製された殺意を持っていて、なおかつ、あやかしを虐げてけしかけるほどの残忍な女官なのでしょう? 今さら計画を変更するわけがない。相手は今も木蘭様を殺す気です」
言葉も選ばずに宵世が厳しく言い放つ。
「妾もそう思う。呪毒が食事に混じり始めたのは清明節以前なのだから、今さら計画の変更はないだろう。あやかしをけしかけるくらいだ、足がつきやすい毒殺や刺客を放っての暗殺はしない主義に違いない」
「呪毒を生じさせるほどの悪意を抑え込めるだなんて、自己感情の制御も得意な方です。長期戦を覚悟しなくてはいけませんね。この調子では安易には尻尾を掴ませてはくれないやも……」
「裏で糸を引くのが得意な陰湿な性格の女でしょうね。まさに紫淵様が嫌いな典型的な後宮の女だ」
「宵世、余計なことを言うな。……こほん、とにかく。ここに来て苺苺に警戒しているというのなら、あえて苺苺の手札を晒して誘き寄せるしかないな」
「わたくしの手札、ですか?」
「ああ。嘘も方便というやつだ」
そんな作戦会議があり、木蘭の策略で『苺苺はあやかしをその血によって退けられる〝異能の巫女〟である』と、女官たちに情報開示されることになったわけである。




